短編

□ヘタレ
1ページ/4ページ

私鉄の駅に向かう足は重い。今日で会社を辞めることにしていたからだ。
大した理由はない。それまであったはずの、情熱のようなものが、すっかり消え去ってしまったのだ。
きっかけは些細なことだった。それまでと違う仕事に任ぜられた。やれる限りはやったつもりだ。それでもうまくいかない時があった。
私の理解不足が原因でミスがあった。そのときに、入社したての後輩が苦笑いをしながらフォローしてくれた。
私は別に、年下のものが無条件に年かさのものにへつらうような、昔っぽいやり方は好まない。
ただ、自分に限界を感じた。与えられた新しい仕事を、若い仲間とともにこなすということに。
退職の意向を上司に話したとき、「そうか」と一言の後に、極めて事務的に理由を問われた。私もまた事務的に、当たり障りのない理由を述べた。
そうしてとんとん拍子に私の退職は決まった。喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからなかった。
ホームに電車が滑り込んでくる。この時間、この車両に乗るのも最後だ。ささやかな感傷に浸りながら、やや込み合った車両に乗り込む。
一時間ほど揺られる間、ぼんやりと窓の外の景色を見る。いつもと変わり映えしない朝の町だ。シャッターを上げる八百屋、商品を搬入するコンビニのトラック。駅に向かって走る人々。
何度か駅で停車する度に、車内は混み合ってくる。私も人と人に挟まれ、小さく呻いた。
すべていつものことだ。何一つ目新しいものはない。
目的地の駅で、どっと人が降りる。私もその波に乗ってホームに出、改札を抜ける。
裏路地に入り、会社までの近道を早足で歩いた。途中の自販機で缶コーヒーを買うことも忘れない。釣り銭を取ろうと、小さな釣り銭口に指を入れる。
慣れた硬貨の感触以外に不思議な手触りがあった。鳥の羽のようだ。
取り出してしげしげと眺める。真っ黒い鳥の羽根だ。カラスのものだろうか。
フォレスト・ガンプを気取るわけではないが、なにとは無しにそれを缶コーヒーと一緒にスーツのポケットに押し込んだ。
そしてまた歩き出す。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ