短編

□Shining Days
1ページ/17ページ

まるで天使のようだった。僕の前に現れた人は、誰よりも強く美しく、優しかった。
そのとき僕は、地元の小さな音楽教室に通っていた。家からその教室に行くまでの道のりに、美しく花の咲き乱れる庭があった。
その庭には、春から初夏、盛夏、秋から冬に至るまで、その季節の花や草木が生い茂っていた。勿論春や夏も美しかったが、僕は格別、その庭の冬が好きだった。
うっすらと雪が積もり、わずかな常緑樹が緑色をのぞかせる。家屋の土壁がそれにに色を添える。
僕は冬が好きだった。ぴんと張りつめた冷たい空気や、清々しいまでに晴れた空。霜の降りた土を踏む感触。やがて訪れるクリスマスには、毎年伯父さんから素敵な革表紙の本が贈られる。
その庭は、まさしく僕の好きな冬を象徴するものだった。
ある日、僕はいつものように音楽教室の帰り道、その家の前を通った。冬の庭だ。僕は思わず立ち止まる。
「あれ?あなたは…」
突如後ろから声をかけられ、僕はあわてふためいた。人の家を熱心にのぞき込むなんて、不審者にしか見えないだろう。
聞かれてもいないのに、いくつものいいわけが脳内をかけ巡る。
だがその人は僕を責めるでもなく微笑んだ。
「佐々木さんのお教室の子ね。いつもうちの庭を見てくれているでしょう。自慢の庭なのよ、そんなところで立ってないで、中に入ってゆっくり鑑賞してちょうだい」
四十に手が掛かろうかという雰囲気のその女性は、カラリと門を開いて僕を招き入れた。生け垣や門の隙間からしか見えなかった世界が、そこには広がっていた。
庭は思っていたよりも、こじんまりとしていた。草は刈り取られ、雪が積もっていた。土が盛られた傾斜の向こうには、小さな池が寒々しく横たわっている。
その中でも、ひときわ大きなもみの木に目が行った。まるで、クリスマスツリーのように、隅に鎮座している。もの寂しく、美しい情景だった。
「せっかくだから、お茶につきあって。昨日届いたお茶があるの」
女性は玄関から手招きする。僕は思わず、玄関までのアプローチをつま先立ちで飛ぶように歩いた。この庭を、少しでも壊さないために。
「お邪魔、します…」
僕はおずおずと玄関に入った。知らない人の家に上がり込んでしまって良いものだろうか。というより僕が彼女にとって、不審者でなかろうか。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ