短編

□ヘタレ
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最終出勤日はやけに忙しかった。業務の引き継ぎや何かは済ませていたが、関係者への挨拶まわりやデスクの片づけに追われて一日が過ぎた。
あの後輩も、挨拶に行くと「お世話になりました」と丁寧に挨拶を返してくれた。彼はよくできている。私がもし、慣れた余裕のある仕事で彼と出会えていたら、今頃は違う展開になっていたかもしれない。
だがそれを思うことがいかに無理で無意味なことかは、私が一番よくわかっていた。

定時になり、私は最後の挨拶を告げ、帰路に就く。
冬の空は、この都会でもいくらか澄んでいた。辛うじて、大きな星を見つけられる。私は知らないが、きちんと名前があるのだろう。
また私鉄に揺られて、来た道を戻る。夜の線路沿いの風景は、朝とは違った顔を見せる。仕事から帰る人、遠くの家の暖かそうな明かり、スーパーマーケットの煌々とした照明。それもまた見慣れた風景だ。
次にこの景色を見るのはいつになるだろうか。突然の離職だ。再就職先が決まっているはずもない。不意に不安に襲われた。私は満足のいく転職ができるだろうか。
しかし私はそんなことは後回しにして、一刻も早く自宅の暖かいベッドに潜り込みたかった。私には休息が必要だったのだ。後から思えば、医師の力も必要だったかもしれない。
地元の駅について、電車を降りる。風の冷たさに、思わずコートの前を掻き合わせた。
駅を出て、学校や公園のある道を急ぎ足で歩く。町中にはない郊外の風景には、どこか陰気な気配があった。私はそれから逃れるように、朝よりも早足になる。
公園の脇を通ったとき、人の気配がしてギョッとした。しかもそれは私に歩み寄ってくる。恐喝だろうか。近頃多い通り魔かもしれない。
恐ろしくなって小走りになる。
ところがそれはついてきて、あろうことか私に話しかけてきた。
「あなたは悪魔の羽根を手に入れました」
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