短編

□Shining Days
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たが彼女は気にとめた風でもなく、僕をリビングのソファに座らせた。床暖房が付いているのか、足下がほんのり暖かい。
リビングのすぐ奥はカウンターキッチンがあった。見ると、女性が持っていた買い物袋を広げていた。お湯を沸かす音がわずかに聞こえた。
「あ、あの、おかまいなく…」
あわてて言うと、カウンターの奥から元気の良い返事が来た。
「子供が遠慮なんかするんじゃないの」
仕方なく僕は、反対側の大きな窓の向こうの、美しい庭を眺めることにした。
家の中から見るのも、また違った趣がある。もみの木は少し遠くになった。小山と池はすぐそばに見える。
女性が、焼き菓子とティーセットの乗ったトレイを持ってやってきた。僕の向かいに座り、カップに香りの良い紅茶を注ぐ。それを僕に手渡して、彼女はにこりと笑った。
「いただきます…」
僕はなんだか恐縮しながら、お茶を一口飲んだ。とたんに、アールグレイの爽やかな香りが口いっぱいに広がる。
「おいしい!」
思わず言うと、彼女は満足げに笑って、自分もお茶を飲む。
「スタッセンというメーカーなの。この辺では手に入らないから、インターネットで買ってるのよ」
そういって焼き菓子も勧めてくるので、一つ取って食べてみた。
「おいしい!」
このときほど、僕は自分の語彙力のなさを呪ったことはない。彼女はあははと快活に笑った。よく笑う女性だ。
「これはこの通り沿いのロベール・カフェ製」
そのカフェは僕の通う教室の隣にあった。
そこで僕は、自分が名前すら名乗っていないことに気づく。
「あ、僕は…中山由也です」
「知ってるわよ。中山さんのところの次男坊」
言い当てられて、僕は驚くしかなかった。目を見開いた僕に、彼女は少し胸を張るようにして言った。
「主婦のネットワークをなめるんじゃないわよ」
「はあ…」
僕は呆気にとられて彼女の顔を見る。綺麗な顔立ちだった。年はわからないが、たぶん実年齢よりも若く見えている。
そんな僕の考えを読みとったかのように、彼女は言った。
「私は高木浅海よ。あなたとは親子くらいの差かしら」
紅茶の湯気の向こうで、浅海さんはにんまり笑う。この人の笑顔のバリエーションは、一体いくつあるんだろう。
「中学生だっけ?庭が好きなんて、渋い趣味してるのね」
突然言われて、返答に詰まった。僕は特別草花に詳しいわけでも、造園技法に興味があるわけでもない。ただこの庭の雰囲気が好きなのだ。
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