春の巻

□一章 日本橋 朝の景
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日の本一の国といえば、将軍のお膝元は江戸。
徳川家康公が征夷大将軍に任じられ幕府を開いて、すでに200年以上がたった。
鎖国中故に人々は外界を知らず、戦の無い太平の世であった。

さて、江戸といえば日本橋。
歌川広重の東海道五十三次のいの一番に描かれた日本橋は、その日も江戸の町人で賑わっていた。

その日本橋に、4人の少年が歩いていた。
昼を少し過ぎた、暖かい春の日のことだった。


「初めて来たけどすごいな」


紺の着物に腰には太刀を佩いた少年が呟いた。
役者でもやっていたら、似顔絵が2枚めに飾られそうなこの少年の名は胡蝶。


「胡蝶、完全に『おのぼりさん』になってるぞ」


背に大きな薙刀を背負った少年が、嗜めた。
彼の名は慶徳。


「そういう慶徳も、人のことは言えないくせに」


笑いながらそう言ったのは、口元を隠した少年。
女形や陰間にしたらさぞや客が付くだろうと思われるほどに美しく、名は貴徳という。

と、ぐるるるると腹の鳴る音がした。


「ねーえー、お腹空いた。何か食べようよー」


腹を鳴かしながらそう言う少年の名は、彼岸。


「しっかたねーな。甘味屋でも行くか」


胡蝶がそう言って、4人は江戸の町を歩き始めた。


 







甘味屋はすぐに見付かった。
4人はそれぞれ食べたいものを頼み、話をしていた。

が、ふいに耳に怪しげな話が飛び込んできた。


「そういえば知ってるかい?島田屋の事」


世間話中の博打打だろう。
男三人が昼間から甘味屋にいた。


「んー?江戸一の商家がどうかしたのか?」

「どうしたもこうしたも、機織屋ともめてたらしいんだよ」

「もめた!?またどうして」

「コレのことでさ」


男はそう言って、手で金を表していた。


「で、とうとう昨日『借金のカタだー』って娘を連れて行かれちまったらしい。島田屋の旦那も女将さんも、そりゃあ気を落としてるってさ」

「あれまー。どうして江戸は、こうなっちまったかねえ」

「そりゃ、あの方が老じゅ」

「しっ!誰かに聞かれたらどうする」


博打打達は何事も無かったかのように、世間話を続けている。
話を変え、ネタを変え。

4人はその場は、聞かなかったふりをした。



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