春の巻

□二章 品川 日の出
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その日の空は、まるで描かれた様な青だった。
風邪も軽く、心までが晴れ晴れとなる陽気。
思わず、今日は天気がいいからお布団干しちゃいましょうかと言いたくなる。

が、その青空の下、腹の鳴る音がした。


「腹減った……」

「うるせーよ。ちっとは我慢しろ」


胡蝶は冷たく言い放った。


「まーまー、足痛いとか疲れたとか言わないだけいいじゃねーか」


すかさず慶徳が仲裁に入った。


「彼岸は食いすぎなんだよ。足痛いの方が、まだマシだ」


胡蝶の言うとおり、彼岸の腹は底無しだ。
いや、底はあるらしいが、見たものは1人しかいない。


「路銀を管理する方の身にもなってみろ」

「いや、それ俺だから!」


全員分の路銀は、慶徳が管理している。
他の者では、少し怖い。


「でも俺も少しお腹空いたなぁ」


忍のくせに全く忍んでいない貴徳が、ポツリと言った。


「そろそと八つ時だから、次の茶店で休もうか」


ちなみに、八つ時に食べるからお八つです。










しばらく行くと、茶店があった。


「はー、疲れた」


胡蝶は言うやいなや、草鞋を脱いで椅子の上に胡坐をかいた。


「胡蝶……」

「仕方ないだろー。鼻緒が直に肌に当たって痛いんだ」

「だから足袋を履けよ……」

「あれ嫌いなんだよ」


慶徳と胡蝶の会話からは、さらわれた娘を助ける旅といった雰囲気は全くしない。


「あ、蟻塚」


貴徳そう言って、見ると茶店から見える所に大きな蟻塚があった。


「本当だ」

「結構でかい!!」


彼岸と貴徳は口々にそう言い蟻塚に近付いた。
何故か手に、お茶の入った湯飲みを持って。


「オイ、まさか……」


胡蝶は嫌な予感がしたが、遅かった。

彼岸と貴徳はその蟻塚に本当に蟻がいるとわかると、湯飲みの茶を穴の中に流し込んだ。


「ゲッ!!」

「あーぁ」


慶徳は、やっちゃったねーという表情をしている。


「こっ……子供って、残酷だな」


そう言う胡蝶の前で、貴徳は何処からかもってきた木の枝で蟻塚の中をかき回していた。


「何処で育て方間違えたんだろうな〜」


慶徳はのんきに団子を食べていた。



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