春の巻

□四章 神奈川 臺の景
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降り続ける雨は、止むことを知らないかの様に見えた。
こうなると道はぬかるみ、川は増水。
胡蝶達は、神奈川の宿から動けずにいた。


「お前らなぁ……」


慶徳は宿の部屋で、読書をしながら頭を悩ませていた。


「ん?」
「何?」


貴徳と彼岸は、窓辺で振り向いた。


「悪いこと言わねーから、それやめてくれ」


そう言って慶徳が指したのは、窓辺に大量に吊るされているてるてる坊主だった。


「えー、何で?」


彼岸は不満そうに言った。
ちなみにその手の中では、新たなてるてる坊主が作られている。


「1つ2つだったらいい。だけどなぁ、その量は気持ち悪いんだよ」


たしかに、大量の首吊り自殺死体の様になってしまっている。
いくつかにいたっては、頭が重いのか逆さまだ。


「ぶー、せっかく作ったのに」


貴徳が、唇を尖らせた。


「紙がもったいないだろ」

「大丈夫だよー。頭の中は外の石ころだし、紙は便所の紙のあんまり物が書かれていないのを」

「取ってくるなよ!!」


当時はトイレ用の紙に、古紙を使っていました。


「頑張って作ったのに……」

「俺ら暇だから、他にすること無かったから……」


貴徳も彼岸も、部屋の隅でいじけている。


「ただでさえ雨で気が滅入るのに、ウジウジするな!余計に気が滅入る」

「フンッ!『変人物語』なんて怪しげな物読んでる人に言われたくないやい……」


慶徳の読む本は、一体誰が書いたんでしょう。

と、今まで黙ってじっとしていた胡蝶が、いきなり立ち上がった。


「どうかしたか?」


慶徳が問いかけた。


「ちょっと、外へ出てくる」

「胡蝶が?珍しい」


雨が大嫌いな胡蝶は、雨の日は外に出たがらない。
1日を屋内で過ごそうとするはずだ。


「俺だって引きこもってばかりじゃねーよ。何か買ってくるか?」

「お菓子!」

「黙ってろ!!」


慶徳は『変人物語』の角で、彼岸を叩いた。


「じゃ、特に無しということで」


胡蝶はそう言うと、部屋を出て行った。



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