春の巻

□六章 戸塚 かまくら道
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村時雨達が泊まっていた宿に来客があったのは、その日の夕方のことだった。

部屋の中で村時雨はキセルを吸い、恭一は酒を飲み、若とお春は2人で綾取りをしていた。
窓から射し込む夕日の光に、部屋の中は緋色に染まっている。

その中に漆黒が現れたのは、遠くから寺の鐘の音がした頃だった。


「…………」


村時雨はその人物を見て、全く動けずにいた。

あまりに静かに現れすぎて、誰も驚くことすらできない。


「うわああぁぁぁ!!!!」


一拍遅れて、恭一が大声を上げた。

若は剣に手を伸ばし、お春はその後ろまで下がった。


「菊……」


村時雨は絞り出すように言った。


「いいえ、私は彼ではありませんよ」


漆黒の人は、村時雨に向かってそう言った。

髪も瞳も唇も爪も着物も漆黒。
肌は透けるように白く、簪と耳環は銀。
襟だけが蒼く、葵の模様になっている。
化粧をして女の様なナリをしているが、確実に男だと分かった。
左目は、長い前髪で隠れている。


「誰だ」


村時雨が鉄扇を構えてそう言うと、漆黒の人は頭を下げた。


「お初にお目にかかります。私、諸国を渡り琵琶を弾くのを生業にしている祭と申します」

「どっ何処から入った!?」


恭一がそう言うと、祭はクスクスと笑った。


「さぁ、何処からでしょう?」

「恭一、下がっていろ」


村時雨はそう言うと、祭に近付いた。


「何の目的でここに来た」

「貴方に教えたき事がありましたので」

「教えたいこと?」

「この国を滅ぼす女神について、です」

「―!」


村時雨の手から、鉄扇が落ちた。



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