春の巻
□七章 藤沢 遊行時
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村時雨が宿から外へ出掛けたのは、八つ時を少し過ぎた頃だった。
「あれー、遊びに行くんですかー?」
恭一が荷物から、酒を出しながら言った。
「昼には帰るから」
村時雨はそう言うと、ふらりと宿から出て行った。
「いいか?彼岸」
慶徳が彼岸の両肩を力強く掴み、噛んで含ませる様に言った。
「お金から目を離すなよ?周りには気を付けろ。無駄使いすんなよ?帰ってくるまでがお出掛けだからな」
「……へい」
本当は『分かってるよ』くらい言いたいところだが、慶徳の目があまりに真剣なので、彼岸は大人しく頷いた。
「返事はへいじゃなくて」
「はいっ」
出掛けたい一心で、彼岸は返事をすると宿から出た。
目指すは甘味屋だ。
「あーぁ、いいな村時雨様。昼間っから遊びに行ってー」
酒をラッパ飲みしながら、恭一は言った。
「だったら、恭一様も遊びに行けばいいじゃないですか」
剣の手入れをしながら、若は言った。
恭一は、だって、と文句を言った。
「陰間茶屋、夜にならないとやってないし」
「あんたが行きたいのは、そういうとこか!?」
「それ以外に面白いことがあるかー!!酒ぐらいだ」
「そんなこと言って、昼間っから酒ばっかり。いい加減にしないと肝臓壊しますよ!?」
「だってさー、何日もここにいると気が滅入るんだよ」
一行はこの先の道が崖崩れで一時通行止めになっている為、ここ藤沢で足止めを食らっていた。
崖崩れ自体は小規模なもので、明日には通れるようになるらしい。
「あー、暇」
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