春の巻

□九章 大磯 虎ヶ雨
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心理学の論理の一種。
人の精神は井戸の様な構造をしていて、浅い所ほど個人の意識と化し分かれ、深いところでは他人の精神と繋がっているという。
普段、私達はこの浅い所にいる。
故に他者の考えを完全に見抜くことは不可能である。
しかし一度この精神の奥底に潜れば、そこには自分と他人の境界線の無い世界が広がってる。

もし神という存在がいるのならば、その存在はこの深層心理の奥底にいるのだろう。
全ての者の思惑を知る存在。

人は死ぬと肉体を失う。
もし浅い所にいるのが肉体を持ち外界と触れる状態にあると仮定するのならば、死んだ者は肉体を失い外界と触れられない状態と言えるだろう。
そして死者の魂は、深層心理の奥底にいると言えるのではないか。
まさに神のいる、神の国に居ると言えるだろう。
そして、井戸の外に触れるには、井戸が必要だ。
その井戸が、肉体といえるだろう。
人は死んで井戸を失い、深層心理の奥底に行き、そして再び井戸を手に入れて、輪廻転生を繰り返すのだ。










彼は深層心理の奥底に居た。
永遠とも思える時を過ごす彼は、誰かがここを訪れ、誰かがここを去るのを、なんとなく分かるのだった。
しかしつい最近、本来ならば死者が来るはずのここに、生きたまま潜り込んできた者が居た。
その者は自分がここに来たことにすら気付いていない様だった。
当然だ。
ここは本来、人には認識できないようなところなのだから。
そうしていると、潜り込んできた者は井戸の向こうへ戻って、代わりにまた違う者が潜り込んで来た。
またもや、死者でなき者が。


「最近は、騒がしいな……」


彼は1人、呟いた。



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