春の巻

□序章
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あの日、彼は御神木を見上げていた。
青々と茂るそれは、まさに神の木のようだった。


「ここにいたのか」


そう声を掛けられ振り向くと、同期の弟子がいた。


「菊か。何の用だ?」

「何の用って……聞きたくて」

「何を?」

「分かってるんだろ?」


菊が、声を少し大きくして言った。


「お前……本気なのか?本当に行っちまうのか!?」

菊にそう言われ、彼は再び御神木を見上げた。


「……ああ」

「どうして……」

「あの人の予言のままにはしておけない」


先日、2人の師にあたる巫女は、1つの予言をした。
この国の滅びを。


「どうする気なんだ……」

「赤子を皆殺しにする」

「!!!!」


菊は目を見開いていた。


「なっ……」

「生憎、これしか方法が見付からない」

「出来るわけ無いだろう!!」

「するための力を手に入れる」

「っ!」


振り上げた菊の手を、彼は安々と掴んで止めた。


「どんな力を手に入れても無駄だ!」

「私に出来ないことなんて無い」

「思い上がるのも、いい加減にしろよ!!」

「…………」


彼は無言で、菊の腕を掴む手に力を入れた。


「!!」

「もし皆殺しに出来なく、予言が当たるようなことになったら、私は自らの手でそれを歪める」

「人の分際で」

「だからこそ、力を手に入れるさ。凡人の持てる、最高の力をね」


彼は菊の手を離し、背を向けた。


「予言の中の大国主。私がそれになる」


彼はそう言って、そこから去っていった。


「では」


菊は掴まれていた腕をおさえながら、呟いた。


「私は守り育て、彼女を運命から解放つよ」



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