春の巻

□一章 日本橋 朝の景
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幕府の老中・村時雨影斎の屋敷は広い。
それが老中だかなのか、それ以外の理由なのかは、万人口をつむぐところだ。

その屋敷の客間に、3人の男がいた。
1人は上座で扇を扇ぎながら、さも楽しそうな顔をしていた。


「これで島田屋が潰れるのも時間の問題だな」


そう言いながら扇ぐ扇は、間違いなく鉄扇。
この人こそが、老中・村時雨である。


「そうすればおぬしの機織屋が、江戸一の商家」


老中にそう言われ、下座にいた男がニッと笑った。


「これも、老中様のおかげです」


そう言いながら男は、布に包まれた金子を老中に差し出した。
この男が機織屋の主人・機織恭一である。


「これで物価が上がれば、おぬしの店は大儲け」

「黄金の山の半分は」

「みなまで言うでない」


2人は声を上げて笑った。


「それで機織屋。島田屋の娘はどうした」

「もちろん連れてきております」


そう言って恭一が手を叩くと、襖が開いて一人の少女が部屋に入ってきた。


「ほぉ……」


老中が感嘆の声を上げた。

それもそのはず。島田屋の娘・お春は、江戸で一、二を争う美人と噂されるほどなのだ。


「流石、噂されるだけある。お春とやら、近う寄れ」


老中が鉄扇で招くと、お春は冷ややかに老中を睨んだ。


「あたしを連れてきて、何の用?」


その一言に老中の目がスッと冷たくなり、恭一は目を見開いた。


「お前、このお方をどなたと」

「よい、機織屋。落ち着け」


老中はニッと笑った。


「気の強い女だな。用など無い。お前は借金のカタなんだ」

「今までは江戸一の商家の娘だったが、これからは『慰み者』か『女郎』だ。先生、牢に入れといてください」


恭一がそう言うと、部屋の隅で膝を立てて座っていた男が顔を上げた。
彼の名は若という。
今は機織屋の用心棒をしていた。



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