春の巻

□二章 品川 日の出
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「まぁ、蟻塚はいいとして」

「え!?いいの!?」


胡蝶は突っ込みを入れたが、スルーされた。


「逃げた村時雨について、話しておきたい事があるんだよ。貴徳、彼岸、ちょっとこっち来い」

「は〜い」

「何〜?」


2人は戻ってきた。
貴徳の片手に、蟻らしきものが付いた木の枝を握ったまま。


「んなもん、捨てて来い!!」

「あ、ヤベッ」


貴徳は木の枝を、その辺に捨てた。


「まず、老中だった村時雨についてなんだが」


慶徳は話し始めた。


「奴は今年ちょうど30歳。老中位に就くにしては、かなり若いね。11歳の時、両親を亡くしている」


村時雨家は将軍に仕えている中流の武士だった。
村時雨の名は影斎。
両親の死後2年程行方不明になっていたが、13歳のときに再び将軍に仕え始め、みるみる出世していった。


「でも村時雨家は、影斎以外1人も残っていないんだ」


分家を多く持つような家でもなかった。
しかし影斎の両親の死後、次々に血縁者が死んでいた。
一つ一つはどうしたことはない、普通の死だ。
しかし、全体を見てみるとその数は異常だった。


「それから16年前、この歳に生まれた子のうち、罪人の子が無差別に処刑されれているんだ」

「16年前……俺達が生まれた年!?」

「うん」


慶徳は頷いた。


「理由も誰がしたのかも分からない。噂では、村時雨のしたことじゃないかって」

「…………」

「…………」

「…………」


慶徳以外の3人は、背筋がぞっとした。
1歩間違えば、処刑されていたかもしれない。


「それから、機織屋の主人だった、恭一について」


恭一は今年25歳。
彼も影斎同様、若くして両親を亡くし、血縁者も1人もいない。


「でも、恭一については出生の分からない流れ者の両親の一人息子だから、沢山の人が死んでるわけじゃねえけどね」

「流れ者?」

「駆け落ちした2人だとか、罪人だったとか、没落した武家の人間だとか、噂はいろいろあったけど、事実は不明。

それから用心棒の若だけど、恭一が江戸を離れて、帰ってきた時に連れて来てたって。生まれは分かんねえ。年は17。俺達より、1こ上だな。

調べられたのは、このくらいだ」

「そうか……ってちょっと待て」


胡蝶は眉根を寄せて、慶徳を見た。


「何だ?」

「何時調べたんだよ」

「江戸で朝、お前らよりも早く起きて、出発するまでの間に」

「慶徳って時々、俺よりも情報集めてくるよね〜」


貴徳は感心した様に言った。


「ねえ、1つ聞きたいんだけど」


彼岸が言った。


「何だ?」

「何で俺達、東海道を進んでるの?」

「あぁ、そういえば話してなかったか。
村時雨の屋敷から、悪行三昧の証拠が大量に見付かってな。あれだけの騒ぎを起こしたんだ。影斎もバレるのが分かっていたんだろう。
こうなるともう、将軍家には仕えていられねえ。ってことは」


胡蝶は、溜息を吐いた。


「行く所は、1つしかねーな」



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