春の巻
□五章 保土ヶ谷 新町橋
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師匠とはその名のとおり、胡蝶達を育て戦い方を教えてくれた師匠だ。
本当の名や年齢は不明。
本業は医者で、患者には先生と呼ばれている。
そして。
「久しぶり〜」
「テメェ!男が男に抱きつくんじゃねー!!!」
「嫌だな〜、何時私が男だと言った〜?」
性別も不明だ。
一応男っぽいが、裸姿を見たことがないので、なんとも言えない。
「師匠は無性別だもん」
彼岸が意識を取り戻し、師匠に抱きついた。
「ね〜」
「ね〜」
抱き合うというよりも、むしろ『だっこ』になっている。
「しかし師匠、どうしてここに?患者さんがいるのでは?」
慶徳がそう言うと、師匠はふっと笑った。
「理由はよ〜く分かってるんじゃないの?」
師匠の言葉に、4人はビクッとした。
「よくも私に酒を飲ましてくれたね〜。下戸なんだよ私は。その上武器まで持ち出して。覚悟はできてるんだろーねぇ」
「ちっ……」
胡蝶は舌打ちして、太刀に手をかけた。
貴徳も慶徳も彼岸も同様だ。
「戦うの?私と?」
「必要ならな」
「旅の途中で噂を聞いた。老中・村時雨が悪行を暴かれ、江戸を出て京都へ向かっているらしい。追っているのか?」
「そうだ」
「無理だよ」
師匠は冷たく言った。
「何だと……」
「村時雨は、強いよ」
「何故、そんなことが分かる」
「さぁ」
首を傾げながら、師匠はでも、と続ける。
「言っても聞かないだろうね」
「当たり前だ」
胡蝶は太刀を構えた。
「なるほど。では体に言い聞かせるしかないな」
師匠はそう言うと、懐からピストルを出して構えた。
「誰でもいい。1人で私と戦って勝てたら許そう。しかし負ければ大人しく帰ってもらう」
「1人で!?」
「村時雨たちは4人と聞いた。1人が1人倒すのがノルマになってくるんだろ?それとも無理かな?」
「くっ!」
頭に血が上り、手裏剣を構えたのは貴徳だった。
「止めろ!!」
慶徳がすぐに、貴徳の肩をつかんだ。
「ここまで言われて、引き下がれるかよ!」
「止めとけ」
胡蝶が言った。
「慶徳の言うとおりだ。こんな街中で手裏剣や忍術を使えば、周りに迷惑がかかる。第一、遠方からの攻撃しかできないお前じゃ、師匠には勝てない」
「…………」
腕力に自信の無い貴徳は、黙って引き下がるしかなかった。
「慶徳は1つ1つの攻撃は重いが、速さには弱い。師匠のピストルには勝てない。彼岸は問題外。そーなったら、俺がやるっきゃねーだろ?」
そう言う胡蝶の顔には、恐怖は無くむしろ笑みすらあった。
「私に勝てると?」
「当然だ。阿片漬けの浪人や、妙な餓鬼なんかよりもよっぽど楽しめそうだぜ」
「手加減しないよ」
「分かってる」
空気が2人の覇気で、震えているようだった。
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