連載

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喩えるならば、それは毒
手放すことの出来ない、甘い、あまい、




ある彼らの日常





荒野とも言える広漠とした場所で、刃が鋭く交わる。
刀とサーベル、似て非なるふたつの刃は、如何せんサーベルに力の比重が傾いていた。
否───正確には、純粋なパワーという観点で見るならば、刀が圧している。しかし、それをカバーして尚も余りある技術と経験の差が、二者を明確に隔てていた。
また一太刀、刃が交差し、鋭い金色と翡翠が、交錯した。

「くっそ、てめえとっととくたばれ!」
「そりゃごめんだな、お前なんざ若造に殺られる趣味はないんでね」

ハレルヤは金色の双眸を苛立たしげに尖らせ、“翡翠”を睨み付けたが、“翡翠”は余裕めいた笑みを浮かべるだけだ。

“翡翠”───この犯罪の多い国でもトップクラスの重犯罪者。その罪の内容を知る者は少ないが、誰もが“翡翠”の通り名だけは知っている。
見つけたら、即刻殺害が許可されているような輩だった。
ハレルヤが、その男を見つけたのは正に偶然の賜物だ。一応は国に仕える──双子の弟が入っているからというなんとも呆れた理由なのだが──ともかく曲がりなりにも軍人であるハレルヤは、偶々入った酒場で男を見つけた。
白いブラウスに黒いズボン、硬めのブーツを履き、傍らの椅子には褪せた深緑の厚手のコートがかかっている。
チョコレートブラウンの髪を真紅のサテンのリボンでゆるく結わえ、基本的に瞳の色が黒か茶色、もしくはそれに準ずる色のこの国では特徴的すぎるエメラルドの瞳は少しも隠されることもなく。
あまりにも手配書どおりの姿、そして人相にハレルヤは思わず捕まえるべき相手を説教してやりたい心地にさせられた。
鋼の精神力でそれを押さえ込みながら、改めてじっと男───“翡翠”を見つめる。
犯罪者に、到底相応しくない面構えだ。
甘い、のとは違う。手に染み付いた鉄錆のにおいは鼻のきくハレルヤには明確であるし、腰に提げた瀟洒な、けれど使い込まれたサーベルを見れば明らかだ。
相応しい形容を無理矢理探すなら、『優しい』だ。
その形容でさえしっくり来ないというのに、何故かハレルヤは“相応しくない”と判じたのだ。
と───そこで“翡翠”が立ち上がった。
じろじろと、見つめていたのが悪かったのだろう。
今まで飲んでいた酒──度数80越えという凄まじいものである──を近隣の男に渡し、店主と二、三話した“翡翠”は音のない足取りでハレルヤに近付くと、唇を甘く歪めて囁いた。

『こんな場所で殺気ばんばん飛ばすなよ───相手してやる、表に出な』

その時湧いた不可解な感情を、ハレルヤは無意識に奥底に沈めた。







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