連載

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霧散してしまった何かに苛立ちながら、透明度が増したエメラルドの瞳に、わざと“翡翠”がハレルヤの思考を遮ったのだと気付く。
そうなれば、この男のいる前でこれ以上の模索は無意味かと見切りをつけ、“翡翠”の言葉を反駁した。

「名前だ?」
「そう。俺、お前のこと『お前』としか呼んだことないし、自分の“翡翠”って通称も気に入ってない」

あいつが付けたし、と小さく付け加え、“翡翠”は笑う。
『あいつ』というのが、恐らく上司だろうことに気付いてややげんなりしつつ、「ハレルヤ」と名前だけを名乗った。

「ハレルヤ、ね。俺はロックオン・ストラトス。偽名だけど」
「おいこら」
「悪く思うなよ。ちょっと、名乗れない理由があるんだよ」

だから悪い、と苦笑する“翡翠”───ロックオンに、ハレルヤは、やはり胸の奥深くで鈍く蠢く『何か』を感じる。
それを理解したいと思うと同時に理解してはいけないと警告する本能にも気付いている。
取り敢えず、その本能に忠実に『何か』に気付かないふりをして、ハレルヤはロックオンの瞳を睨み付けた。

「何が目的だ?」
「………」

先程までと一変して黙ったロックオンに、ハレルヤが再び追及しようとした、その時。


「───黙れ!」
「この、くそガキが…!!」

怒号とともに、陶器の割れる音がする。見れば、ガタイのいい男が年端もいかない少年の胸ぐらを掴んでいた。

(…あっちの奴、アンシャンテのヴィン・バレットじゃねぇの?)

男の方に見覚えのあったハレルヤは顔を盛大にしかめる。
ヴィン・バレット。先に捕えたベルク・グレオブールとともに、奴とはまったく違う意味で現在世の中を騒がせている盗賊『アンシャンテ』の一員で、国一番の剣士と同等に張り合ったと言われている。
最悪だ。ハレルヤは額を押さえた。
何を言ったかは知らないが何故そんな面倒な男を怒らせたのだと少年に八つ当たりたい気分になるが、そうも言っていられない。
休暇中なのにと文句を言いながら、口を挟もうと腰を上げた───が。

「って、おいおい……」

それより先にロックオンが喧騒に近付いているのを見て頬が引き攣った。

「ああ?誰だてめえ」
「いやいや。血気盛んなのは若さの賜物だけどな、もうちょっとばかり場所を考慮しねぇと。つか何があった」
「うるせぇよ、このガキがいきなり怒鳴り込んで来やがったんだよ」
「…何があった?」

ロックオンの問いかけに、少年は唇を噛み締めて「そいつが父ちゃんの店を、」と言ったところで、涙が溢れてしまったらしい。ロックオンが慈しむような愛しむような眼差しで少年にそうか、と相槌を打った。

「あんたにも非はあるわけだ。ここは大人の余裕で引いたら?」
「───御免だ、なぁ!」

無茶だと思った。幾らロックオンが強くても、相手は国でほぼ最強に近い。今度こそ止めようとして、…続いた光景に、瞠目する。

「お、っと。いきなり刃を抜きなさんなよ」

ヴィンの振るった鋭い一閃を容易く躱したロックオンは、そのまま最低限の動きでしなやかにサーベルを抜き放つと、気付いた時には刃の先がヴィンの首に突き付けられていた。
唖然とした。あまりに滑らかすぎて何が起きたかわからない者がほとんどだろう。

「お前───」
「アンシャンテのヴィン・バレット。悪いがここは俺の顔を立ててくれ。後でいい話があるんだ」

そのまま幾つか言葉を交わすと、ヴィンはにやりと笑い、少年の頭を撫でて「悪かったな」と言い、酒場を去った。
それを為す術なく見送り、しかしその間にハレルヤは苛立ちに激しく舌を打った。初めて会ったあの時のロックオンは、まったく本気など出していなかったのだ。あの時感じたものより遥かに大きな屈辱に殺意が溢れる。
戻って来たロックオンは、それだけで人を殺せそうな視線を向けるハレルヤに苦笑した。

「殺したいか?」
「いずれ、な。今はまだ勝てないことなんざわかってんだよ。───すぐ追い付いてやる」

返答に、ロックオンは先程までとはまったく違う笑みを微かに浮かべる。久しぶりに骨のある軍人を見た。

「上がって来い、ここまでな」
「後悔すんなよ」

交わされた言葉は、どこまでも甘く、渇いた響きを孕んでいた。





END
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出したい言ってた奴らではなくオリキャラが出しゃばった反省。
けどこの二人
ベルク・グレオブールとヴィン・バレットはいろいろ絡む予定。
個人的にヴィンが気に入ってるんだ。つまり俺式死亡フラグ(気に入ったキャラは殺したくなる矛盾)





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