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□某コウモリさんの悩み
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夜の闇に溶けるこの漆黒の体。
見かけたら誰もが逃げ惑うこのシルエット。
それがボクを示す全て。
他には何もない。
必要だとも思わないけれど。
そんなボクが今、住んでいるのはつまらなくて退屈で生きるのがとてつもなく大変な世界。
毎日が面倒事で塗りつぶされていてだいぶ疲れる。
もしも『何故、そんな風に思っていてこの世界に居続けるのか?』と問われたならばボクは迷わずこう答えるつもりだ。
これはボクの意志ではない、と。
そう、これはボクの意志ではない。
原因はアイツなのだ。
アイツとは現在進行形でボクに山よりも高く海よりも深い悩みを作らせた張本人、ヴァンパイア『夜闇の世界を統べる偉大なる王』の異名を持つエリオット・マール・バルデイン伯爵のことだ。
彼と会ったのは、ほんの数ヵ月前。
使い魔として伯爵の故郷でもある漆黒の闇に満たされた世界『テリア』から喚びだされたのがキッカケだった。
『テリア』において伯爵は物凄い人気を誇っていてボクも淡い憧れを抱いていた。
今は、もう幻滅の彼方にいってしまった淡い憧れを...。
だから、喚びだされた時は正直嬉しかった。
かの有名な伯爵に呼び出されるなんてボクはどれだけ運がいいのだろうと思ったりもした。
けれど、それは大いなる間違いだった。
「フィー!フィー!」
ふいに声が聞こえた。
誰だか考える必要すらない声が。
「何でしょうか?伯爵様」
一応、使い魔だ。
応えないわけにはいかない。
「そんな所にいたのか、フィー」
伯爵は、ボクの姿をみとめると目に見えて安堵の表情を作った。
「御心配をお掛けしたようで申し訳ありません伯爵様。何の御用でしょうか?」
必死になって棒読みになりそうなのを堪える。
頑張れ、ボク。
「いやいや、気にしなくていいよ。フィー。わたしはただキミの姿が見たかっただけだから」
穏やかに笑う伯爵。
それを見てボクは心の奥底で溜め息をついた。
何故、ボクはこの伯爵に喚びだされてしまったのだろうか、と。
喚ばれなければ、憧れは憧れのままで幻滅することも悩むこともなかったのに。
後悔しても無駄だと分かっているのにそう思ってしまう。
さらにもう一つ溜め息をつく。
ボクは、不幸なのかもしれない。
知りたくもないことを嫌というほどに知ってしまったのだから。
「フィー、お茶にでもしようか」
「かしこまりました」
伯爵に背を向けてボクはキッチンに行こうとする。
「フィー、お茶の用意はわたしがやるからキミは座っていたまえ」
伯爵の穏やかな声。
「ですが、伯爵様...」
ボクは、使い魔だ。
喚んだ相手に尽くすのが仕事。
それなのに何故、ボクにやらせてくれないのだろう?
どれもこれもみんなそうだ。
ボクは、人の姿にだってなれるのに。
「いいんだよ。フィー」
伯爵は、優しい。
けれど、それはボクの悩みの一つだ。
「ボクは使い魔です。伯爵様に尽くすのが仕事です」
ボクは訴える。
「いつもキミは、ボクに尽くしてくれているじゃないか。それだけで十分さ」
伯爵の穏やかさが腹立つ。
ボクは伯爵に尽くしてなどいない。
使い魔として役にたってなどいない。
腹立ちの奥底に小さな疑問が生まれた。
こんなにもしっかりと自分身の回りのことができるのに何故、ボクを喚んだのだろう、と。
使い魔など必要ないではないか、と。
端からみれば突っ立ったままのボクの所に伯爵はキッチンから戻ってきた。
けれど、ボクは気づかない。
思考の深い海に沈んでいたから。
「どうしたんだい?フィー」
伯爵の声。
あまりにも近くから聞こえてボクは我に返った。
「い、いえ。何もありません」
「そうかい。なら、良かった」
伯爵は確かに人がいい。
しかし、それは問題ではない。
「ところでフィー。わたしは今日の予定をキミ伝えてあったかな?」
「はい、今日はカルアテラ伯爵との晩餐と聞いております」
ボクには計画していたことがある。
実行するには今日は、いい機会だ。
「フィー、わたしがいない間くれぐれも人間に気をつけるんだよ」
伯爵は一体何を言ってるのだろうか?
ボクが人間に気をつける?
何故?
ボクは人間に遅れなんかとらない。
むしろ、気をつけるべきは同族だ。
「それは、何故でしょうか?伯爵様」
疑問が頭を駆け巡るなかボクは伯爵に尋ねる。
「何故って?それはね、フィー。キミがとてつもなく可愛いからだよ」
今日、絶対計画を実行しよう。