SS

□千年の追憶
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「おい...」



ドスの利いた女の声に仕方なく重い瞼を持ち上げる。



見事な長い銀髪に同色の冷えた目。



見慣れた顔だ。



「..何だ....?」



俺の問いに女は眉間のしわを深くした。



「..書類が溜まってる....。早くしろ..」



そう言うと女は俺に書類の束を押し付けてくるりと背を向けた。



相変わらず愛想の欠片もないヤツだ。



まぁ、あっても困るだけだが...。



女の名前は「フユ」と言い、俺の所属する戦闘集団の紅一点だ。



美人ではあるが愛想といったものがなく、戦闘においては常に前線に立ち敵を斬り倒している。



おまけに荒っぽい言葉遣い。



『女らしさ』とはとことん無縁の存在だ。




フユの背中を眺めながらそんなことを考えつつ、書類の束を近くのテーブルに放り投げる。



書類仕事なんて面倒なだけだ。



どうせやっても意味はない。



大きなあくびを一つつくとそのままソファーに身を沈めた。



体の力を抜くとすぐに睡魔がやってくる。



ぼんやりとする思考。



その中でふと思った。



何度目だろう、と。



曇り空の下。



吐く息が白い。



冬の季節。



周りを見渡せば一面の雪。



その雪に埋もれるようにして足元には石を置いただけの誰のものかも分からない簡素な墓。



その前で『誓い』を建てる夢。



数えるのも馬鹿らしくなるくらい何度も同じ夢を見た。



いつのことかも分からない夢を。



その夢の中で頭をよぎる姿。



誰かは分からない。



けれど、泣いているのにも気づかないで浮かべるぎこちない笑みが何故か、辛かった。



顔なんかはっきりとは見えてないというのに...。



ただ、辛くて哀しくてそのまま眠るそいつについて行きたくなった。



誰とも分からないクセに...。






     †






『心』なんかなければよかったのに...。



そうすればアイツをあんな風に傷つけることもなかった。



そもそも、アイツを想うこともなかった。



背中の古傷が痛む。



オレを責め立てるように。



それが本心かと問いかけるように。



最期の瞬間に抱かれた腕は確かに暖かかった。



失うことが嫌になるくらいに。



暖かくて、優しくて。



そのぬくもりを失うことが堪らなく切なかった。



古傷の痛みが熱を持つ。



嘲笑うかのように。



命の期限は近づいている。



確実に。



『ヒト』でないオレは薄っぺらい『生』に未練はない。


けれど、それは昔の話。



今は違う。



ただ、会いたい。



オレの中にある愚かしい『心』が切望する。



しかし、それは許されない。



傷つけたのはオレ自身なのだから。



これは贖罪だ。



決して終わらない贖罪なのだ。



だから、オレは償ない続けなければならない。



故に、死ぬ時は一人だ。



たとえ『心』が悲鳴をあげようが変わらない。



罪は罪なのだから。



あぁ、古傷が痛む。






     †






透けていく体。



掻き抱く腕に力がこもる。



失いたくない。



切なる願い。



しかし、それは天には届かなかった。



この世で唯一無二たる存在は消えていく。



俺の腕の中で。



存在していた痕跡を一切残さずに。



まるで、雪が日に照らされて溶けてなくなるように跡形もなく。



最後の一片が散った。



何もなくなった俺の腕。



寒さが僅かなぬくもりを攫っていく。



俺に遺された全てを奪いさるかのように。



吹き荒れる。



白い大地を汚す『ヒト』でないお前の鮮やかな赤とはかけ離れた黒色の血。



それすらも雪が覆い隠していく。



ゆっくり、ゆっくり。



その様をぼんやり眺めながら思い出す。



お前が俺に『心』があると言ったことを。



けれど、それは違う。



俺に『心』なんてない。



なぜなら、分からなかったから。



最期の瞬間にお前が何を想っていたかなんて。



どんなことが起こっても泣かないお前が最期に何故泣いたのか。



分からない。



けれどそれでも、俺に『心』があるというのなら。



お前がこの雪の中にその涙の意味を隠してしまったのか。



黒く汚れた大地が見えなくなる。



全てを純白に染められて。






     †






6年。



それが書類を一切やらない上司『ナガレ』の側にオレがいる年数。



何故、いつまでも側にいるのか。



その理由はオレ自身よく分からない。
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