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□熟華想 1
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あの晩の事は、今となっては夢だったのかも知れないと思う。
もしかしたら、彼を好きすぎるが故に、寝てる間に、欲に脳内を侵食されたのかも知れない。
嘘だと分かっていたのに
その囁きに肯いてしまったのは
偽りだと分かっていたのに
その腕にすがってしまったのは
虚像だと分かっていたのに
そこに愛を感じてしまったのは
『熟華想』
「本日はセイロン東から特別に取り寄せたウバをご用意致しました。お嬢様の好きなミルクティーでお楽しみ下さい」
いつもの通り、完璧な所作でテーブルの上に置かれたカップ。
上る湯気越しに執事を見やれば、綺麗な顔がにこりと微笑んだ。
「あの…」
「ウバはお気に召しませんか?」
「……ううん、好きよ。ありがとう」
"特別になれなくていい"
あの言葉は、嘘なの。
だから、特別にして。
なんて、言えるわけない。
その微笑みも、熟知した私の好みも。
そこに私の望む"特別"はないのに。
勘違いしちゃいけないのに。
「…お嬢様、また」
「え…」
スプーンを握る右手に、急にセバスチャンの手が重ねられる。
心臓が跳ねるのと、ポットから角砂糖が転がり落ちるのは同時だった。
「……あ、ごめんなさい私」
「また考え事ですか?程々に致しませんと…そのままでは、またすぐに紅茶が冷めてしまいますよ」
考え事をしていると、くるくると無意識にティースプーンを回す。
私の悪い癖。
そんな何時ものやり取りにすら過敏になる自分を、頭の隅で叱咤した。
「何か心健やかにおられない悩みがおありなら、いつでも仰って下さい」
「……」
「では、私はこれで」
また、だ。
また。
心にもない事を。
今すぐに紅茶をひっくり返して、シルバーを投げて。
その皺一つない真っ白なシャツをぐちゃぐちゃに汚してやりたい衝動に駆られた。
「―っ、」
分かっているくせに、全部。
ティースプーンをまわす訳も何もかも。
「白々しい…」
なけなしの強がりも、重厚な扉に遮られて
心どころか
彼の、耳にすら届かない。