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□熟華想 4
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お嬢様、お嬢様…

またヴァイオリンの授業をさぼってこんなところでお昼寝ですか?

さぁ、起きてください。
もうすぐ日も暮れます、こんな所で寝られては風邪を召されますよ。





―カタンッ…






「……夢?」


扉の、ずっとずっと向こう側で。
複数の足音と、少しの物音に顔を上げれば、真新しい本を枕に寝てしまっていた事に気づく。


「………」


違う、夢じゃない。
あれは、まだ何も知らない、正真正銘のお嬢様だった頃の記憶。

まだ、彼と肌を重ねる前の記憶。



「…喉、渇いたな…」






















『熟華想』









「あ…」

「名無しさんお嬢さま、このような所へ…どうされたのです?」

「……お茶…淹れようと思って…」

厨房の扉の前に、茶器をワゴンに乗せた執事の姿。
二人分のカップに、さっきの物音は来客のためか、と一人納得する。

「でしたら、先程劉様がお見えになられたところです。お嬢様もご一緒にどうですか?」

「え…」



まさか、誘われるとは思ってもみなくて。
相手が劉ならば、仕事の話ではないのだろうか。



「あぁ…でも」



コツン、コツン。



きっと、それはほんの一瞬。




「そんな寝起きの御顔では、御客人の前にはお出しできませんね」




彼の手が、ゆっくりと口の端を撫でていく。

久々に間近で覗いた彼の瞳には、夕陽を反射して濃いブラックティーの影。

きらりと艶めいた色を放つ光彩を見て、やっぱり、この人は綺麗だと思った。


「…真面目に教養を身につけておられるのかと思っていましたが…本日も、夢現を彷徨って来られたのですか?」

「っ…」

触れられたところから、じわじわと熱が広がっていくのを感じて恐くなる。

わかってるはずなのに。
もう、何も知らないお嬢様じゃないのに。




脳が、警告を鳴らす。




まだ、彼の事が、



「また机の上で寝てしまったのでしょう?夕刻からまた一段と冷え込みますし…」



次の瞬間、橙に染まった廊下に伸びた二人の影が、一瞬だけ。
重なり合った。


“風邪を召されますよ?”


脳に直接響いた声に、
クスリ、と微笑を洩らしながら離れた紅茶色に、なんだか全てを見透かされたようで。
思わず、顔をそらしてしまった。


 
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