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□熟華想 8
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「姉上」



「…?」



「最近、その…少し、やつれた様に思うのですが」



「…そう?」





ダイエットなんてしてないわ、と笑って見せてから、失敗した、と後悔する。



ダイエットと言う事にでもしておけばよかった。





「あまり無理はしないで下さい。仕事なら安定していますし、少し休養なさったらどうですか?」



「まさか。まだまだ、勉強してもし足りないくらいよ」





それでもまだ疑いの目を向けるシエルに、我が弟ながら頼もしい反面、同時にこの目敏さは敵にしたくない、とも思う。



それとも、表に…せめてシエルにだけは、と張った虚勢も、もう意味を成さない位感情が流れ出しているのだろうか。





「…そこまで言ってくれるなら…そうね、少し休憩しようかな」





























自室のソファに身を投げ出して、ぼんやりと高い天井を見やる。



いつだったか、セバスチャンに見合う女になりたくて、足掻いていた事がある。

少しでも良く見せようと、ウエイト絞りに精を出したこともあった。



それが懐かしくて、つい自嘲的な笑みが漏れてしまう。









お綺麗ですよ



そのままでも、十分。









「……嘘吐きね」





私は綺麗じゃない。



こんなにも、穢れているのだ。







…足掻いていたころ?

よく言えたものだと思う。





今だって、女性として意識してほしいと、無意識化の振る舞いに表れているではないか。





セバスチャンが去った後、いつも自己嫌悪に陥るではないか。





結局、昔も今も変わらない。



ただ昔は、馬鹿みたいに彼の言葉全てを好意に受け取っていただけだ。

純粋だと言えば聞こえはいいが、ただ無知で、馬鹿正直だっただけだろう。



恋とはそういうものだと、変に陶酔していたくらいだ。





今は、違う。





今は、彼の一言に十の感情が渦巻く。冷静に、その意味を咀嚼し飲み込むのに、酷く時間を要するようになった。



吐き違えない様に。期待しない様に。勘違いしないように、





傷つかない様に。







必死に自身を守る殻を構築するのに精一杯で、もうここ暫く、セバスチャンと話していて心から笑った事がないように思う。







(あぁ、でも…)



―コンコン、







…そこまで考えたところで、ノック音に現実に引き戻される。









「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」



「…頼んでないけど」



「坊ちゃんから仰せつかりました。お嬢様が酷くお疲れのようなので、茶を出す様に、と」



「…そう、シエルが…」



「僭越ながら、リラックス効果のあるハーブを調合させていただきました」





ワゴンを引きながら入って来たセバスチャンは、一度こちらに視線をやると、そのままハーブティーをテーブルに置いた。





「…最近食欲もないようですが、どこか気分の優れないところはおありですか?」



「……」



「あまりにも不良が続くようでしたら、お医者様に見て頂きましょう」



「…医者、ね」



「えぇ」







ぐるぐる。



思考が目まぐるしく脳髄を震わす。





簡単な一言が言えない。



“私をもっと…”



愛してくれたら、全て。







(…馬鹿げてる)





「…劉を呼んで」



「…劉様、ですか?」



「この間の御礼がまだだわ」





まさかご厚意だから、と何も考えていないわけじゃないわね?





そう問えば、





「もちろんです、ファントムハイヴ家として恥じぬ御礼を考えております」





「…なら、招待してもてなして」



「…ですが、」



「劉のスケジュールに全面的に合わせるし、迎えの馬車も向かわして」



「…お嬢様」



「…聞けないの?」



「……」



「……」



「…その様な体調で、失礼なくおもてなし出来るのですか?」



「…」



「…体調管理も仕事のうちです」







だから、貴方は未熟なんです。







そう、顔に書いてある気がして。



少しでも、嫉妬心から止めてくれたのかと思った自分のあざとさに唇をかむ。





「それでも劉様をお呼びになると言うのなら…そうですね、とりあえず」





飲んで頂きましょうか。



「…!」







ぐっと近づいた距離に戸惑う間もなく、セバスチャンの口づけを受け入れる。



咥内に侵入してきた舌に歯列をなぞられ、背が戦慄いた。





彼の口から流し込まれる香に、眉根を寄せれば、合わせた口元がゆるりと笑みを称えた。





「…っ」





途端に事態を把握して。



久々に触れたそこは、前と変わらず冷たい。





―…コクン。





ちゃんと飲み込んだのを確認してから静かに離れていく執事を、凝視したまま見上げる。





「…色気のないキスですね」



「…な…にす…っ」



「こう言う時、目は伏せるものでしょう…あぁ、いや…キスには入りませんね」





こうでもしないと貴女は飲んでくれないでしょう?





「荒療治、とでもいいましょうか」







―――パンッ。







乾いた音と、何かが酷く歪んでいく音が響く。





避けれたのに、避けなかった。



私からの張り手を静かに受け止めた方の瞳でチラリと私を見やった後、口の端の雫をわざとらしく舐めて見せる彼に。



抱いたのは、欲情でも憎悪でもなく。





泣きだしたくなる程の劣情。









口に広がるキスの後味は、さわやかな、でもどこか独特な苦みを残したハーブティー。
 
 
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