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「え…?」


少年は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。

『憎しみを忘れてはいけないんだ。家族を奪われた憎しみは一生消えない。許すことでもない、許してはいけない』

優羽の声は落ち着いてさっきとは変わり優しものだった。しかし口にしている言葉は子供に言うような言葉ではない。

『いいかい?だから君は強くなれる』

「強…く?」

『もう二度と大事なものをなくさない為に強くなれる。妹さんを守る為にね』

「守る…ために…」

『強くなれ。悲しみは君を強くする。憎しみは君の生きる理由になる』

少年は理解できていないのか難しいと俯いた。

『でもね…復讐だけはダメだよ?』

「…っどうして!?」

『復讐は悲しみと憎しみしかうまない。君の手は人を殺すものではなく残された妹を守るためのものだから。その手を汚い奴らの血で汚してはいけないんだ』


…そう、僕らみたいになってはいけない。



最後の言葉に雪兎は手がふるえた。

自分自身に言い聞かせるように呟いた言葉は胸が締め付けられるようだった。ふたりは二度と戻れない血塗られし道しかないのだから。
振り返ることすら許されない道なのだから。

「オレ…強くなるよ」

少年は笑った。

『もう大丈夫だね…女の子なのだから僕らの前ぐらい無理しなくていいんだよ』

「え…何で…」

『わかるよ。笑顔が素敵だからね、君は笑顔がとても似合う』

優羽は仮面を横にずらし素顔を見せ微笑んだ。

「うん!ありがとうお兄ちゃん!」

小さな少年は…少女はにっこり笑った。それを黙って見ていた雪兎はホッと息をつく。


そのあと少女は真っ直ぐな目をして帰っていった。

残されたふたりはまた元の場所に戻り薄暗い夜空を見ていた。

『顔みせて…よかったのかよ』

しかし雪兎は少し嬉しそうだ。

『大丈夫。あの子は僕らがマフィアだなんてわかってなかったみたいだし』

『へー…え、そうなの!?ボクはてっきり…』

『親を殺したマフィアに頼むわけないよ…。きっとあの子は無差別でマフィアを嫌ってるよ。家族を救ってくれなかった跳ね馬も嫌いなようだ』

そして…僕らのことも嫌いなんだろうね。

『憎いマフィアから生きる道を与えられたなんて知ったらどんな顔するだろうね』

優羽は無表情に近い微笑を零していた。
雪兎はそれを黙って見ている。何故あの子に憎しみを背負い込ませたまま生きる道を与えたのか。


憎しみは忘れた方が楽だ。

でもあえてそうしなかったのはきっと後悔することを身をもって知っていたからだ。

忘れることは諦めるということ。ふたりにとっては死ぬことと同じだ。


『優羽、やっぱりボクはマフィアが大嫌いだ。もちろんボク自身も…』

『うん。僕も僕が嫌いだ』





朝が来たときには…その場には誰ひとりとしていなかった。

ただひとつ。建物の壁に小さく"忘れるな"と字が刻まれている。


そして一年後姉妹は明るい道を歩きだした。

そのことを兄弟は知らない。別の道でふたりが暗く冷たい道を歩き続けていることを姉妹は知るよしもない。

ただひとつわかっていること、それは出会ったことを忘れていないということ。

少女は今日も憎しみとともに歩き、兄弟は今日も憎しみを増やし生きていくのだった。

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