Novel*LOST

□眼鏡のニーナ
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「警部、警部ー!」

バンバンとオフィスの仕切ガラスを叩く音がしたので、読んでいた書類から顔をあげると、厚くて頑丈ではあるが抜群の透明度を持つと折り紙つきのガラスの向こう側に我が補佐であるニーナの姿があった。

「見てください、警部。私、新しい眼鏡を買ったんです。どうですか?このほうが仕事の出来る感じに見えますか?」

「君、目が悪かったの?」

大きく碧色に澄んだ彼女の瞳は、明朗快活な彼女の気質にならって、同じく良いものだとばかり思っていたので、なんだか不意打ちをくらったような気分がした。しかし、彼女はいつもと全く変わらない声で答える。

「私、視力0.1弱なんです。コンタクトレンズ入れてるんですよ、いつもは。」

「知らなかったな。」

俺は驚きを素直にあらわした。相手はその反応がなぜか面白かったらしく、ニコニコと笑顔をむけてくる。…別に愉快な話をしてはいないはずなんだけど。
俺が心のなかで苦笑していることなんか知らないのか無視しているのか。ニーナは眼鏡のフレームに手をかけるとそれを外した。いつもの彼女の様子に戻る。そして目をパチパチと二三度またたかせると、また柔らかく笑いかけてきた。

「眼鏡かけているのとこちらと、どっちがいいですか?」

なぜ、俺に聞く?

どちらが似合いますか、ならまだいい。だが、どちらがいいですか、といわれたらまるで俺が判断出来るみたいじゃないか。
俺は彼女を正面から見据えた。たしか視力0.1弱といっていたか。眼鏡もコンタクトもしていない裸眼ではまわりがぼやけて見えるのだろう。焦点の合わない瞳がぼんやりと、ただ微笑みだけをそこから発散していた。
さっきから俺のまわりの空気が二三度くらい上昇したような気がしている。だが俺はそれを知覚の外に押しやり、自分自身にたいして白を切ってそのことを気づかせてはやらなかった。だが、今度はその熱が口や額に燃え広がってきた。俺は素早く、ほとんど反射的に自分に呟いた。これは幻覚なんだ、と。まるで熱い湯にふれて、とっさに指をひっこめる時のように。
俺は微かに震える指で書類を持ち直しながら、人あたりのいいフェミニスト然とした笑顔を纏って返事をした。

「どちらも君の違った面をみせてくれてとてもいいよ。両方とも似合っているな。ファッションやその時の気分で好きなように変えたらいいんじゃないか?」

「ああ…そう、ですね。」

彼女は物足りない顔で眼鏡をかけ直した。そして、目がよく見えるように戻ると、とたんに人の顔をまっすぐ見なくなり、彼女は曖昧に視線を泳がせ、

「お茶でも持って行きましょうか?」

と聞いてきた。

「ありがとう。じゃあ、出来たらアイスコーヒーがいいな。」

俺はそう答えた。身体を冷やしたかった。彼女はうなづくと足早に去っていった。

全てはガラスの向こう側の出来事だった。

******
眼鏡購入記念にレイニー。
レイル×ニーナ好きさんっていらっしゃいますか?!私は大好きです♪♪(←聞いてないよ)

キャラ像は人それぞれですが私のはこんな感じ。ニーナは素直で人がよくって結構恋に恋するお嬢さん。この小話の時は、まだレイルのことを素敵で頼りがいのある敏腕警部だと信じ切ってる頃で、まさか彼がスパイ行為をしている人間で、もうすぐ蒸発してしまうなんて思ってもいない頃。
反対にレイルは自分のしていることがわかっているから署内の人間とは絶対的な一線を引いている。うわべは気さくに振る舞っていても。
だからもちろんプレイボーイ(笑)な彼であっても署内の女性だけは範疇に入れていない。いわんやニーナなんていう天然すっとぼけお嬢さんは元々眼中にない。
……と、信じていた。

そんな二人のある日の会話。

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