Novel-1

□お姫様抱っこの誤算
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休日の食堂にて。

「姫ってさ、軽そうだよな。あ、体重の方な」

尻が軽いって意味じゃないぞ、と、別に言わなくてもいいことを言うミハエルを、アルトはぽかりと殴りつけた。

「痛いな…アルト」
「お前が変な事ほざくからだ。だいたい、軽いだの重いだの、女じゃあるまいし、気にするかよ」
「ま、そうなんだけどね。興味本位っていうか、姫、体重いくつ?」
「知るか、アホ」

つんと、そっぽを向いたアルトに、ミハエルは分かりやすいやつだ、と、苦笑した。
アルトは見た目は細身に見えるが、いがいとがっしりしている。
アルト曰く、なにせ歌舞伎は被るもの着る物履く物、すべてがキロ単位だったり重かったりするのだそうだ。
扇子にすら鉛が仕込んであって、ちょっと重たい。

故に、筋力作りは必須項目だったらしいのだ。

しかし、それに反して。彼の体重は意外と軽い事をミハエルは知っていた。
別にやましい意味ではなく、ただ、学園での身体測定なるものでちらりと見ただけの事で。
ああ、そういやあの時は周囲がすごく騒いで、あ、こっちはやましい意味で。
それでアルトが切れて大変だった。

アルトは筋力に反して軽めの体重にコンプレックスを抱いているらしい。
お前、コンプレックスだらけだな、とからかってやったら殴られた。あれは痛かった。
どうでもいいことまで思い出してしまったが、脂肪分を全部筋力に持っていかれているのだ。
ついでに、授業やSMSの訓練ですべて消費されていく。

そりゃぁ、やせる。

ミハエルとて同じはずなのだが――と、いうことは遺伝とか体質的なものなのだろうと、ミハエルは踏んでいる。

「確かに、お前は痩せすぎだな」
「!?」
「隊長…突然会話に割り込んでこないでくださいよ」

急に振って沸いてきた声に、アルトは驚きミハエルは溜息をついた。
自分達の背後で、ようと、小さく片手をあげているのはオズマ・リー少佐。
自分達の所属部隊の隊長である。

その隊長は、アルトをじっと見つめるとおもむろに両手でアルトの脇に片手を差し込み、もう一つの手で足を持ち上げた。
その表現は、まさに、ひょいっと言うのが正しいだろう。
荷物を持ち上げるかのような勢いで。しかしその持ち上げ方――いや、正確には『抱き方』が正しいか。
これはいわゆる――お姫様抱っこというやつだ。

ミハエルは思わず目を丸くした。
おい、なにやってくれてるんだ、このおっさんは。

「軽ぃな〜。もーちょい肉つけろ、肉」
「な、なななななっ!?」
「ん、でも、意外としっかりしてるか?のわりには、軽い」
「ちょっ、お、降ろせよっ!落ちるっ、落とすなよっ!つーか、どこに行くんだよっ!」

にやりと笑ったオズマは、まったくもってアルトの言葉を聞き入れていなかった。
それどころか、どういうわけかスタスタと歩き出し、食堂を出て行こうとするではないか。
慌てたのはアルトだけではない。
いままで成り行きを見守っていたミハエルも、これにはさすがに口を出した。

「ちょ、ちょっと待ってください隊長!ど、どこへ…」
「このお坊ちゃんが俺の腕力舐めてくれたんだ。ちゃんと見せ付けてやる。落ちるだぁ?誰が落とすか。お前みたいなもやし」
「なっっ!!!も、もやしかどうか試してみやがれ!!」
上等だコラと、乗らなくてもいい挑発に思い切り乗ったお姫様に、ミハエルは思い切り頬を引きつらせた。
コイツ、バカなんじゃないの?とは何度か思った事がなくはなかったが。今日ほど心底思った事は無いだろう。

あわよくば、本来は自分が挑発してお姫様抱っこを実行してやろうと思っていたミハエルは、その機会すらしっかり奪われた挙句、挑発に乗ってオズマの腕をしっかり掴んで『落としやがったら、どーすんだ!』なんて、賭け事交渉なんか始めているお姫様を呪った。

オズマが別に、アルトの事をどうとも思っていないことはわかっていても――

悔しいものは悔しいのである。


ちなみに、ミハエルが『オズマがどうとも思っていない』と思っていた事こそ、最悪な誤算だったことに気がついたのは。
深夜に帰ってきたお姫様の身体から、しっかりオズマの香がした瞬間だった。


■END■

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