Novel-2

□性質の悪いキスと秘密
1ページ/3ページ

「珍しい」

アルトはぱちりと、目を瞬かせ、小さく呟いた。

昼寝でもしようかと訪れた、隠れ家もとい、誰も来ない屋上。
空がよく見える、アルトのお気に入りの場所だ。
ただし、屋上は立ち入り禁止になっている。
滑走路がいいんだから、屋上だっていいじゃないかと思うのだが、なにせこの学園にある科は、パイロット養成コースだけではない。
ゆえに、滑走路だって申請許可を取らなければ利用不可能になっている。
こちらは危ないからという、安全面の配慮だろうが、屋上についてはおよそ、自殺者やサボリを防ぐために立入り禁止の赤札を立てたのだと思う。

アルトにはまったくもってその文字は通用しなかったが。

その立ち入り禁止区域は、アルトだけが利用している穴場だった。
少なくとも、ここに入る人間は自分以外見たことがなかっただけに、目の前の『男』の存在には、目を丸くするしかなかったのだ。

転がっている男は、よく知っている男だ。
ミハエル=ブラン。
通称ミシェル。
ただし、自分はミシェルなんて呼んだことはないが、たいていの人間はそう呼んでいる。


親しくないわけじゃないが、それ以上でもない。
それでも、1年近く一緒にいる。
特に、ここ最近。SMSに所属してからは、SMSの寮でも同室。
訓練も一緒。そして上官。同級生。腐れ縁。
繋がりだけなら沢山の名称が出てくるだろう。
ある意味、『繋がり』という言葉だけなら、もう一人、深いのがいるが…と、考えて首を振って打ち消した。

「で、今度は昼寝仲間…か?ったく、そんなに共通点増やしてどうするんだ」

アルトは小さく笑いながら、ミハエルを起こさないように、そうっと彼の側へと近づいていった。


目を閉じて転がるミハエルを見たことがないわけじゃないが、こうして改めて見ると、ミハエルという人間が女に好まれる程の男なのだとはっきりわかる。
目立つブロンドは、しっかり手入れがされているようで、さらさらしているようだし、顔立ちも良い。
甘いマスクと言われる笑顔と、眼鏡の奥に隠された青い瞳は女性を惹きつける。
いわゆる、綺麗な男だと思うのだが――
見つめれば見つめるほどに、アルトは思わずにはいられなかった。

「俺となにが違うんだ?」

ミハエルは綺麗な男だ。
だが、綺麗は綺麗でも、男として綺麗なのであって、決して『女』に間違えられることはないのだ。
内訳を見れば、『綺麗でカッコいい』『綺麗で理知的』とか着いて回る。
比べてアルト自身は、周囲曰く『綺麗な男』と称されることはあるが、その内訳は『美人・女みたい』が着いて回る綺麗さだ。
そのせいで、この目の前の男には『アルト姫』なんてからかわれ、遊ばれる始末だ。
くそう、何がいけないんだ!とわめき散らしたくなってきた。

「なんか、理不尽じゃねぇか?えい、鼻でもつまんでやる!ああ、惜しいっ…ここに油性マジックでもあれば、落書きでもしてやるのに」

小声で抗議しながらも、ミハエルの隣にしゃがみこみ、ふにふにと頬をつつきながら、アルトは小さく溜息をついた。
ミハエルの額には小さくシワがよっている。
頬をつつかれているのが、夢にでも影響しているのだろうか。
ちょっと報復できた気分で、アルトの表情は緩んだが、それも一瞬のことだった。

「考えりゃ…疲れてんだよな、お前も。こんなとこ来るくらいには」

SMSで働いていて、かつ、いまは自分の訓練まで請け負いながら今までの自分の仕事も請け負っているのだ。
仕事量が、掛ける二倍なのだから、忙しくて疲れが溜まってもおかしくはない。
自分でさえも、授業中に眠るなんて失態を犯すほどなのだ。
この男はもっと、もっと、疲れて眠いはずなのに――泣き言なんかもらしはしない。
それがアルトには、少しだけ悔しかった。

ずっと同じラインに立っていたと思っていたのに、実はもっと先を歩いていた。
まるで、ミハエルだけが先を行っているような。大人になってしまったような。
事実、きっと自分よりは遥かに――

そこまで考えて、アルトはおおきくかぶりを振った。

違う。

これからなのだ。

負けるつもりで挑んだわけではない。

だから、この負担もいつかはなくなるものだし、いつかは自分が背負うものだ。
背負うまで、ミハエルに預かってもらっているだけだ。
だから、綺麗な顔に刻まれたしわも、アルトの呟きも思いも、いつかは自分が後輩に抱かれるものだ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ