Novel-2

□ズルイ大人
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『オズマ隊長。アルトに引き込まれないでくださいよ?アルトのヤツ、オズマ隊長の好み、ドンピシャでしょう?』

数十分も前に、ミシェルに言われた言葉が脳裏に浮かんだ。

自分の好みは美人系だが――だからといって、男を抱いたことなど一度もない。
この少年――早乙女アルトは、確かに美人系である。

早乙女一門の十代目だけのことはあり、その血筋に違わず綺麗な顔立ちだ。
妹のランカが、お姫様みたいだと喚くだけのことはあるくらいに、美人だ。
立ち回りの優雅さは、役者の血ゆえか。
さらりと風になびく長い髪がまた、中性的なイメージを作り上げている。

だが、色恋沙汰にはてんで疎い。
ランカの想いにもまったく気づかないくらいに鈍く。
ちょっとした事で赤くなる。
それが少しばかりかわいくも思えるのが、厄介だ。

だからといって、男である事実は変わらない。
好みのタイプだからといって、男に食指が働くなどありえない……


と、思っていたのだ。
だが俺は、ありえないということなど、それこそ『ありえない』のだと――この数十年間ではじめて知った。



■      ■      ■


歓迎会も終わり、SMSの説明を含み、明日のことをとりあえず叩き込んでやろうと思い、アルトに『送ってやる』なんて声をかけたのが数分前のこと。

それを断ることもなく――考えれば上官相手なのだから、当たり前なのかもしれないが。
アルトは黙って説明を聞いていた。
時には相槌を打ちながら、真剣に耳を傾けている姿は、『俺をバルキリーに乗せてくれ!』と、無鉄砲に突っかかってきた相手とは思えないほどだ。

時々こちらを気にするように視線を向けてくるのは、自分が間違ったことや不快になるようなことをしていないかを知るためだろう。
意外と頭の回る相手に、俺は少しばかり感心していた。
感心するのはそこだけではなかったが。

風で長い髪が揺れ動き、うっとおしそうに髪をかきあげる姿がとても絵になった。
だから、思わず。そう、本当に思わず言葉が口を次いで出てしまっただけなのだ。

「お前さん、美人だよなぁ」
「は?」

ぽかんとしたアルトとはじめて目が合った。
驚いたとばかりに、目がぱちりと瞬き、それが怒りを彩らせるのに時間はかからなかった。

「別に…それで得することがあるわけでもないっすから」

先ほどまでの頭のいい少年が顔を潜め、歳相応の顔が見えた。
よっぽど自分の美貌がコンプレックスなのだろう。嫌悪が浮かんでいた。

「でもモテるだろう?」
「近寄りがたいんだそうですよ、俺は。ルカが後輩の子がそう言っていたとか…なんとか。ミハエルにも、もうすこし柔軟になれとは言われますよ」
「つまり、女性経験は皆無と」

俺の言葉は図星だったのだろう。
つんと、そっぽを向いて顔を赤らめる姿が返ってこない返答の答えを示していた。

それがやたらかわいく見えたものだから、性質が悪い。
もっとからかってやろうかなんて、年甲斐もなく面白がってしまった。

これだけで赤くなる少年を、もっと直接的に追い詰めたら――どうなるだろうか?

――なんて、意地の悪い大人だ。俺は。

「経験は――しておいて、損はない」
にやりと笑ってやると、アルトは怪訝そうな顔を見せた。
「損得ってものじゃないでしょう…恋だの愛だのなんて」
「そうでもないさ。セックスから始まる恋もあるだろうし。それに、ソウイウ経験はしておかねぇと、いざって時に不能・役立たず・ヘタなんてレッテル貼られるぞ?損をしないためにも一度は経験含み、恋愛するのも悪くはない。それが上手くいけばいいだろうがな」
「〜っ!」

かぁっと、アルトの白い肌に朱が走った。
先ほど、図星を突いたときよりも赤い。

「なんだ。ボウズには早かったか?」「自分が大人だからって――」
ぼそりと悪態をつくアルトを見下ろした。
「ミシェルは遊びすぎだがな。お前くらいストイックすぎるのも問題だろう」
「支障ないですから」
つーんと顔を逸らし、足を速めるアルト。
おもしろくないやつだ。
その背を追いながら、頭の中では次はどうやって、お堅い頭をほぐしてやろうかなんて考えていた。
そのときには、すでに、最初の趣旨とは全く異なることになりかけていることになんか、気づきもしなかった。


最初はただの話題。他意はなかった。
次に、あまりの初心な反応に悪戯をしてやりたくなった。
我ながら、冷静になって見れば、どうかしていたのではないだろうか。あまりにも子供じみている。
そして今。

その背中を追いながら、建物と建物の間に目を配り、人気がいないのを確認していた。


俺は既に、アルトの色香にやられていたのかもしれない。

固い頭を解すのなら、ちょっといじめてやればいい。
本当に、『支障がないのか』を教えてやればいいのだ。
恋愛ごとに少しでも頭を向けてみろ、青少年。
年頃らしく素直になったらどうだと、直接教えてやればいい。
戦うだけの日々なんてのは、面白くもなんともない。
彩りは必要で、生きる意味が必要で。生きなければならないという想いを作り出すものが必要で。
そのひとつになりうる事を教えてやるのは、とても大切な気がしてきたのだ。

そんな――妙な事を考えて。それが妙だとすら思わずに。

「おい、アルト!」

強く呼びかけると、先を歩いていたアルトが振り返った。
その瞬間を狙って、一瞬で目をつけた建物の影に引きずり込んだ。

どんっ!!

思い切り壁に押し付けると、アルトは小さくむせて息を吐いた。

「っあ…っ…な、何しやがるっ!」

壁にひとまとめにした両手を縫い付け、足の間に膝を割り込ませて逃がさないようにした。
耳元に顔を寄せて、小さく息を吹きかけてやれば、こらえきれない呻きが聞こえた。
それが煽っているようにしか聞こえなくて、思わずごくりと喉を鳴らした。顔だけなら、そうだ。好みなのだ。
好みの顔が目の前にあれば――男なら奪いたくなるのが道理だろう。
まして、こんなイイ反応を見せられたら、おしまいだ。


「なぁ、ボウズ。教えてやろうか?『経験』ってやつを」
「ひ、必要ないって言ってんだろうっ!」
「手始めに、キスから教えてやろう。これひとつで…女は変わる」
「人の話をき――!?」

アルトの言葉をさえぎって、俺は開いた唇を強引に奪った。

くちゅりと、舌が絡み合う音が、静かな路地裏に響いた。
正直、溺れていたのかもしれない。
好みの顔と、久しぶりに誰かと交わった唇。
ここまで興奮するほどに、溜まっていたのは確かなのだが。

『オズマ隊長。アルトに引き込まれないでくださいよ?アルトのヤツ、オズマ隊長の好み、ドンピシャでしょう?』

数十分も前に、ミシェルに言われた言葉が脳裏に浮かんだ。
でも、もう遅い。
こんなくちづけをしてしまったら――引き返せるわけがないだろう?

唇を離すと、アルトは大きく息をついて、壁を背に、ずるずると崩れ落ちた。
その様子からも、口づけひとつ慣れていないことが伺える。
ぐしぐしと唇を手の甲で拭いながら、アルトはキッと自分を見上げにらみつけてきた。

初々しさに、思わずめちゃくちゃにしてやりたくなった気持ちを抑えつけ、俺は、アルトの手を引き立ち上がらせた。
このままここで組み敷いてやってもかまわないが、どうせなら、アルト自身から求めてくれなければ意味がない。

そう。これは――素直になるための、教育なのだから。

立ち上がらせたアルトをもう一度引き寄せて、顔を近づけた。
それだけで、アルトは反射的に、ぎゅうっと目を瞑った。
だが、俺は唇を通り越し、そっと耳元に唇を寄せた。

「キス、してほしかったのか?」
「ち、ちが…」
「気持ちよかったんだろう?腰砕けになりやがって…」
「なってなんか――っ!?」

反抗はキスで防いで。
耳元で、愛をささやいて。

赤く染まったアルトの頬をなでながら、抱きしめて、ゆっくりと足の間に指を滑らせ――

「教えてやろう――お前に。快楽も求め方もその与え方も、全部。そしたら、女なんか、テメェの顔と俺の教えで堕ちる」

俺はズルイ大人になった。
何も知らない相手を、甘い言葉で騙して強引に――奪ったのだ。

最初の趣旨なんか――当の昔に、消えてしまった。
俺によって与えられた快楽は、女相手では得られない。
もう、アルトは、自分に堕ちるしかないように仕向けのだ。

キスを受けて暴れるじゃじゃ馬に、さて、これからどう攻め入ったものかと。
俺は、アルトをさらに抱き寄せた。


■END■

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