Novel-2

□Target Kiss
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ぱん、ぱんっ…ぱぱんっ!!

部屋一杯に渡る銃声に、一瞬の緊張が走る。
目の前にはターゲットシート。
人型が模されているそれには、いくつか穴が開いている。

ただし――数箇所弾丸は逸れていたが。

「へたくそ」

上官のその言葉に、銃を握り締めていた青年――早乙女アルトは引きつった笑みを浮かべ、その真後ろに立ってみていた上官――オズマ・リーは深々と溜息をついたのであった。


アルトは、シュミレーターを使った戦闘シュミレートや、実際VF25を利用した実践訓練は好きだった。
だが、この射撃訓練だけはどうも――苦手分野になってしまう。
嫌なわけではない。
実際、VF25に乗っても、この技術は必要になる。
遠隔攻撃が出来なければ、いつかは死ぬ羽目になるだろうし、誰かを死なせる羽目になるかもしれない。
そんなのはもちろん、願い下げだ。

だからこそ、必死で取り組んでいるし、最近じゃ結構当たるようになってきた。
命中率はそこそこ上がりつつあるのだが…どうにもこうにも、これ以上が難しい。

それに――この指導をしてくれるのは、自分の好きな人なのだ。
その人の眼に叶いたいと思うのは、当然の事だと思うのだ。
まぁ、結果がこうでは――相手も呆れている事だろうと、アルトは顔にこそ出さなかったが、少しばかり落ち込んだ。

「お前なぁ…射撃なんかバルキリーの操縦に比べりゃ簡単なもんだぞ?言っておくが、こっちとあっちじゃ照準に多少の誤差が出る。それも見極めないとならないんだぞ?っていうか、お前、あっちの方は上手くいくのに、なんでこっちじゃ駄目なんだよ…」
「しっ、仕方ないだろっ!」
「仕方なくない!死ぬぞ、お前。俺はそんなものを見届けるのはごめんだからな!」
「う……」
さりげなく、自分に死んで欲しくはないのだと言われれば、返す言葉などない。
オズマは、やれやれと溜息をついて自分の隣に立つと、ヘッドセッドをつけて『見本を見せてやる』と、構えた。
慌ててその場を退くと、オズマは片手に銃を持ち、しっかりと前を見据えると、ぱんぱんぱん――と三つ。
銃声が収まったと同時にアルトが前を向くと、中心に開いた三つの穴が目に入った。

「すげ…」
「すげえじゃねぇ。お前がこれをこなせるようになるんだ。ミシェルのようになれとは言わないが…せめて自分の身を守れるくらいの技術と、敵を少しでも多く倒せるくらいの技術は身につけろ。集中力が足りん!」
「う、ご、ごもっともです」

ちらりと目を逸らし、アルトはもう一度…と、オズマのいた場所に戻ると、銃をかまえた。

――集中、集中…

胸糞悪いが、ここは舞台だと思えばいい。あのときの緊張感と、静寂。
それを思い出せ。
自分は絶対に、あの的を打ち抜くイメージを……

アルトは集中しようと目を閉じた。
イメージするのは、打ち抜いた後の自分。
真ん中に、照準を定めて打つ。
目を開いたアルトは、引き金を引いた。

ぱん!!!

「っ…どうだ!」
「おお、やりゃできるじゃないか」
「!」

アルトは、やったと、小さくガッツポーズをした。
もちろん、誰にもわからないように、だが。

「ま、これが一回だけじゃなく、何度でもできりゃぁな」
「っぐ…こ、これからだよ!次もやってみせるさ」
「はいはい。そうだな、そこまで言い切るのなら、こういうのはどうだ?」

水を刺され、ふてくされかけたアルトに、オズマはにやりと笑うと、そっとアルトの唇に人差し指を乗せた。
びっくりしたのはアルトだ。
訓練中にオズマが色事をしかけてくるのは、はじめてで、割と常識的な彼がこんなことをするとは思わなかったからだ。

「た、隊長っ?」
「次もやってみせるんだろう?なら有限実行。言った以上は責任を持て。で、失敗したらペナルティーとして、俺に――キスをしろ」
「!!?」

――キスをしろ?それは、今、この場で…ということか?

アルトはぱちぱちと目を瞬かせた。
「もちろん、失敗するごとにだからな。さーて、お姫様のキスは何度もらえる事やら」
「ぐっ…そ、そんなもんっやるかよ!」

ぷいっと顔を逸らしたアルトは、もう一度銃を握り締めた。
ターゲットを見据え、照準を合わせる。
今度もやってみせる。
そう意気込んで、アルトは引き金を引いた。

ぱん!

「……あ」
「はい、失敗な」
「ちっ、違うっ。今のはアンタが動揺させたから!」
「はいはい、戦場じゃ動揺しようが状況がかわろうが、プレッシャーがあろうが、ターゲットを打つのが当たり前だ。じゃ、ペナルティーだな」

にやりと笑う相手の顔を、いくら好きな相手といえども、今日ほど憎いと思ったことはあるまい。
アルトはぐっと、唇をかみ締めながらも、そっと背伸びをした。
これもちょっと悔しい事だが、この人には少し背伸びをしないと届かないのだ。
標準男性よりは背が高いはずなんだが――

アルトはゆっくりと顔を近づけた。
なんだか妙な気恥ずかしさを伴いながらも、ちゅっ…と、オズマの唇に己の唇を当てると、ばばっと慌てて離れた。

「こっ、これでいいんだろ?」
「ま、いいだろう。はい、次」
「〜〜っ!!」

悔しい。
このやろう、絶対に絶対に今度こそ当ててやる!

アルトはもう一度銃口をターゲットへ向けたが、どうしてもオズマのことが気になり、失敗を繰り返してしまう。
そのたびにキスをしなければならず、アルトは羞恥を押さえ、何度もオズマの唇に軽いキスを施した。
何度も何度もその繰り返しになっていき、その回数が十五を超えたときだった。

「足りねぇな」
「ん…でも…」
唇をついばみながら文句を言うオズマに、アルトはこれ以上は無理だと言葉にする。
これ以上は、本当に訓練にならない。

これだけでも恥ずかしいのに、これ以上深いキスをなんども仕掛ける羽目になると、絶対に――耐えられない。

羞恥にも、情欲にも。

後ろから抱きしめられ、耳元にキスを落とされ、アルトは小さく身じろいだ。
「く、訓練、しないと…」
「お前は身体で覚えた方がいい」
「あ…」
銃を持つ手に、手を添えられ、アルトはぞくりと背筋をあわ立てた。
官能的な意図をもって、なぞるように触れられたらたまらなくなる。
まるで――ベッドの中のようだと、アルトは顔を朱に染めた。

「ほら、前を見ろ」
「…は、い」
「銃口はターゲットより少しずらして構える。反動で多少のずれが出ることを計算に入れろ」
「ん…っ」
耳元で低く囁かれ、アルトは小さく声を上げた。
情事の際に愛を囁かれているみたいで、たまらない。
「ちゃんと前を見ろ。アルト」
「隊長…っ」
「今ちゃんとできたら――そうだな…」

オズマはアルトの髪を撫でると、そっと耳元で囁いた。

「ちゃんとできたら、ごほうびをやる。お前の欲しいものをやろう」
「あ…」
「失敗したら――」

――お仕置きだ

どっちに転んでも、いきつく行為は同じじゃないか。
文句を言いたかったが、アルトはこくりと頷いた。

結局、その日、ターゲットにされていたのは的なんかじゃなくて、自分だったのだ―― と、アルトは妙に準備のいい隊長殿を目にして、はじめて気がついだのだった。

もちろん。そのときには既に、美味しく頂かれていたのだけれども。


■END■

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