戦妃 エファーラン外伝
□第7話
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広間に戻るにつれ、辺りの臭気が強くなっていく。
錆びた・・・・鉄の、匂いが――――。
「これ、は――――・・クッッ!!」
広間の前にたどり着く頃には、すでに何人もの死体が転がり、扉から壁から激しく壊されている。
私は近くで事切れている近衛騎士から剣を借り、崩れ去った扉の中へと入った。
そこはまさに地獄といっていいほどの凄惨な状況だった。
先程までいた王侯貴族たちの殆どが床に臥し、叫び声やうめき声がひしめき合っている。
中には腕がすっぱりとなくなっているもの、足のすねから千切れているもの、頭の半分が消し飛び、色々な液体を撒き散らしているもの。
どのような攻撃を受ければこのような状態になるのか、教えて欲しいほどの地獄絵図だった。
何人もの騎士もいるが、傷を負っていない者も、何かに怯えるように床に這いづくばってがたがたと震えている。
「ケインッ!おいっ何があった?ケインッッ!!」
その騎士の一人を起こし、目線を合わせようにも彼の焦点がすでに合っておらず、口からは泡を吹いていた。
彼は近衛の中でも真面目で、なかなか骨のある青年だ。そのケインがこのような状態になる何かがあったらしい。
私はケインの頬を思い切り平手打ちし、名前を呼ぶ。
「近衛第三中隊所属、ケイン=ローゼンッ!!しっかりしろッッ!」
何度か頬を打つと、ケインの瞳がゆっくりとだが、正気に戻ってきた。
「・・あ・・・・・ラ―・・――下・・・・?――――ッ!?・・レ・・・レイラ元帥――――ご無事でッ!?」
焦点が合うと同時に、逆にしっかりと腕を捕まれる。
「あぁ、私は無事だ。一体何があった?陛下達は何処に?」
「ぁ・・・あ・・・・ぁ・・ま――――悪魔が・・・・悪魔が、現れたんです。」
ケインはその時の事を思い出したのか、体がブルブルと震えだし、目には涙が溜まっている。
「悪魔――――?・・・召喚・・か?」
私の言葉にガクガクと首を縦に振ると、事のあらましをつっかえながらも説明してきた。
要約すると、私が出て行ってからウィスランの祝辞の場面になった。
その際、ウィスランの第一王子と第二王子は祝いの言葉と共に、剣舞を祝いの品として納めたいといってきた。
しかし、刃物の類は持ち込み禁止となっているため、杖で代用するとのことだった。
祝いの品といっているものを公の場で断るわけにもいかず、ガイリスが了承すると、二人で舞を始めた。
その舞は確かに素晴らしく、全員が見惚れていると、急にガイリスが大声で皆に部屋から出るように叫んだ。
しかし、そのときにはすでに扉は硬く閉じられ、誰も部屋から出られず、舞が終盤にかかっていた。
そのとき、ウィスランの王子たちの姿は老人二人に変わっていて、その頭上の空間には大きな歪みが出来ていた。
人々がパニックに陥る中、歪みからは黒いいびつな靄のようなものがあふれ出て、一瞬のうちに大きな爆発が起きた。
その爆風によって壁や扉が壊れたが、何故か外に出ることが出来ず、貴族達は隅へ隅へと逃げ惑うだけで、中には爆風で倒れたものを盾にする者もいたという。
そんな中、靄には真っ赤な目と口が出現した。
そして、靄を触手のように伸ばし、辺りの人間に伸ばしてきた。
その触手は、刃のように鋭かったり、牙のように食らいついたりで、辺りは一瞬にして血の海に染まった。
中には勇敢な騎士がその靄に剣を向けたが、あっという間に取り込まれ、まるで租借するような音が当たりに響いたという。
皆がその異様な存在に恐れ慄き死を予感した時、動いたのがガイリスだった。
ガイリスはアーキストから王剣ファルコンを取ると、一気に靄に向かっていった。
伸びてくる触手をすんででかわし、もやの片目に切りつけたのだ。
すると、この世のものとは思えない、遥か地下から響くような音と金属が鳴り響くような音が混ざったような絶叫が響き渡り、見えない壁がなくなった。
しかし、人々の大半は死に絶えるか大怪我、もしくはすでに正気を保っていないほどで、数人が逃げ出すだけだった。
ガイリスはラウラ達を奥の間に逃がすと、もう一度靄に切りかかっていった。
そんな中アーキストは、少しでも皆の傷を癒そうと、医療系の魔術を施していたという。
ケインが覚えているのはそこまでで、その後どうなったのかわからないとの事だった。
「わかった、ありがと。ケインはすぐにナルサスに連絡して、怪我人の手当てを。後、ツァイに至急奥の間まで来るように伝えて。」
「は・・・はいッ!」
未だ震える手をしっかりと握りしめ、ケインは縺れそうになる足を何とか動かして外へと向かった。
父さま、母様・・・皆――――。
私は剣を今一度握りしめ、奥の間へと急いだ。