過去拍手のお話
□ちっちゃい先輩
1ページ/1ページ
彼女はいつも駅にいた。
その人は・・・特に美人とか、声が綺麗だとか、そういうのじゃないけど(って、すごく失礼な事言ってるなぁ・・・俺って)
少なくとも俺にとってはとても印象的な女性だった。
正面改札を出てすぐの広場に、待ち合わせにぴったりのモニュメントがあって、
その周辺ではいつも路上ライブをやってる人や絵描きの人なんかがいて、
行き交う人に自分の作品を披露している。
彼女もその中の一人で、夕方になるとどこからともなく現れて、手に持ったチラシを配っていた。
「ライブやります、よろしくお願いします!」
そう言って、小さな紙片を道行く人に差し出すけれど、
素直に受け取ってくれる人なんてほとんどいない。
夕方の駅前は人通りが多くて、見知った顔の人でさえ気付かずに通り過ぎてしまう。
なのに彼女の姿はいつも見つけられたのは、彼女が何かしら「アーティスト」として独特のオーラを放っているからなのかな。
それとも・・・
「そりゃ、お前がその人に惚れてるからやろ。」
俺の頭の中で、手のりサイズの忍足先輩が俺に言った。
俺の頭の中には、たくさんの「ちっちゃい先輩達」がいる。
・・・本当なら、俺が悩んだ時のアドバイザーはいつも宍戸さんって決まってるんだけど、
女の人についての悩み事に関しては、
「忍足あたりに聞け!」って言われてる。
そんなワケで、脳内でも忠実に守ってみた。
ちなみに手のりサイズの忍足先輩は、
ギリシャ神話に出てくる神様みたいな白い布の格好にグラディエーターサンダルで、
背中に鳩みたいな羽が生えてる。
妄想なのにビジュアルがずいぶん具体的なのは、
美術の授業中に見たラファエルの「サン・シストの聖母」の影響だ。
「で、何やっとんの?」
何って、バスを待ってますけど。
「違うやろ、気になるんならメアド聞くなりなんなりせぇよ。」
また無茶な事言うなぁ・・・
そう思いながら、俺はまたあの人の方に視線を移した。
だいぶ暖かくなったとはいえ夕方になるとだいぶ冷え込む。
時折手をこすり合わせたり、息を吹きかけたりして手を温めて・・・
まるで童話の「マッチ売りの少女」みたいだ。
「よろしくお願いします、よろしくお願いしま〜す!」
駅から流れ出てくる人の数はさっきよりも増えてるのに、
手に持ったチラシの束はさっきから全然減っていない。
むしろ人が増えて、渡すどころか何度も人にぶつかりそうになってる。
「よろしく・・・あっ!」
それでも果敢に手を出そうとして、後ろから歩いてきた人に振り向きざまにぶつかり、
その表紙にチラシの束を落としてしまった。
「あ・・・」
その大半が彼女の足元に落ちて地面に散らばった。
タイミング悪く風が吹いて数枚がヒラヒラと低空飛行する。
側を歩いてる人はその様子をチラッと見たけど、
特に気に留めることもなくその場を通り過ぎている。
中にはチラシに気付かずに踏んじゃう人まで・・・
「ほら、さっさと行ってきぃ。」
ちっちゃい忍足先輩が俺の背中をトンって押した。
・・・先輩は俺の頭の中だけの存在だから実際に何か衝撃が加えられたわけでもないんだけど、
一歩踏み出す勇気とか・・・きっかけが欲しかった。
しゃがみ込んでチラシを拾い集める彼女の元へ向かう俺。
途中に落ちてたチラシを数枚拾い上げて、彼女へと差し出した。
「あっ、ありがとうございます・・・」
慌てて頭を下げる彼女・・・顔を上げた瞬間、視線がぶつかり合う。
こんなに至近距離で彼女を見るのは初めてで・・・
チラシを渡そうとする手が震えてしまう。
「あらら・・・泥だらけになっちゃった。」
踏みつけられて、足跡がくっきりと残ってしまったチラシに苦笑する彼女。
「じゃあ、それは僕が貰います。」
「えっ、あ、いいですよそんな・・・どうせだったら、キレイなのを持ってってください。」
彼女は慌ててかぶりを振ると、手に持ったチラシの束から1枚を取って俺に差し出した。
「ライブ、もうすぐなんですね。」
「ハイ・・・けどなかなかチケットがさばけなくて・・・アハハ、どうしよぅ・・・」
寂しそうに笑うと「それじゃあ」と小さく頭を下げる彼女。
視界からだんだんとフェードアウトしていく・・・
「何してんねん、今チケット買うたれや!」
でも、こういうのはこのチラシに書いてある電話番号に連絡するのがマナーであって、
イキナリそんな迷惑じゃ・・・
「アホか!何でもいいから・・・とにかく“見に行きます”って言やええんや!」
小さな忍足先輩はこいうトコにアツいタイプらしい。
その時、バス停に俺の待っていたバスが到着した。
並んでいた人達が少しずつ乗り始めて、もうそろそろ発車してしまう時間だ。
「お前、あの子よりバスか?」
けど先輩、コレを逃したら、今度は20分は待たなくちゃいけないし・・・
だから、急がなきゃ!
「興味あるんですけど・・・」
数メートル離れてしまった彼女を呼び止めるかのように声をあげる。
「そのっ・・・応援に行ってもいいですか・・・?」
驚いた表情がだんだんと笑顔に変わっていく・・・
「じゃ、じゃあ・・・待ってます・・・終わったら楽屋に来てくださいねっ!」
軽く手を降ってバスに乗り込む。
俺が最後の乗客だったらしく、
待たされた他の乗客の視線が俺に集まる。
けど、ちっとも気にならなかった。
可愛らしい声だった。
きっとピアノの弾き語りとかなんだろうな・・・
それだったら、俺と話が合うかもしれない。
彼女もクラシックに興味があるといいんだけど・・・
いっそユニット組んでみる?
なんて、俺の頭の中でどんどん膨らんでいく彼女と俺の関係・・・
「ライブ、俺も行ってやろうか?」
いいですけど、楽屋には着いてこないで下さいね。
目を閉じて、さっきの彼女の笑顔を思い出す。
そうだ、ライブには花束を持っていこう。
赤いバラじゃあ、ちょっとやりすぎかな?(跡部さんじゃあるまいし・・・)
彼女の笑顔に似合う花を・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「寂しくなんかないもんね〜!!
あ゛〜〜〜〜」
ライブハウス中に響き渡る彼女の奇声に、数人の観客から失笑が漏れる。
失笑が漏れるのは、まだいいほうだと思う。
俺なんて全身フリーズ状態で、声さえ出ないんだから。
「あかんなぁ、イキオイだけのキャラ芸人じゃ、R-1は勝てんのに・・・」
手に持ったピンクのチューリップが揺れる。
「あ、楽屋・・・行くんやろ?俺は言われたとおりここで待ってるわ。」
鳳長太郎と、
ちっちゃい忍足先輩