■小説

□薬師のお勤め
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 風も無く、雲も無い月夜。
 夜空に浮かぶ月だけが煌々と輝く中、鴆の屋敷の縁側には夜のリクオと鴆の姿があった。
 リクオは鴆のお酌で酒を飲み、月を楽しんでいる。
「いい月だ」
「ああ。たまには月見酒ってのも風流だな」
 リクオと並んで座っている鴆も、月を眺めながら猪口を手にしていた。
 そう、二人は月見酒と洒落込んでいたのである。
「リクオ、肴でも追加するか?」
「いや、このままでいい」
 鴆は並んでいた肴が減ってきたところを見計らって訊いたのだが、リクオは緩く首を振った。
 そして、それよりも……とばかりにお猪口を差し出す。
「今夜のリクオは酒が進むな。月に誘われるのか?」
 鴆はからかうような口調でそう言うと、リクオの猪口に酒を注ぐ。
 とくとくと注がれる酒をリクオは見ていたが、ぐいっと飲み干すとニヤリとした笑みを浮かべた。
「いや、お酌がお前だからだ。相手が良いと酒が美味い」
「っ……バカ、味なんて変わんねぇよ」
 突然といえば突然の口説き文句に鴆は眉を顰めてぶっきら棒に返事を返す。
 しかし好意を寄せる相手に口説かれる事は満更でもなく、恥ずかしいと思いながらも鴆の頬は赤く染まっていた。
 そう、無意識に甘い雰囲気を垂れ流す二人の関係は、既に一線を越えた特別なものだったのだ。
 そんな二人の様子はさながら夫婦同然というもので、鴆の元にリクオが足繁く通う様はまるで「通い妻ならぬ通い夫」の領域なのである。
 こうして二人は仲睦まじく月見酒を楽しんでいたが、不意に。
「鴆、下がってろ」
 リクオがそう言ったのと同時に、鴆の視界がリクオの背中で覆われる。
 そう、リクオが鴆を自分の背後に庇うように隠してしまったのだ。
 突然の事に鴆は何事かと驚いたが、リクオの方は側に置いていた祢々切丸をいつでも抜刀できる構えを取っており、鋭い眼差しで空を睨んでいる。
 警戒心を顕わにした姿に、鴆も焦った様子で周囲を見回した。
「リクオ、誰かいるのか?」
「ああ、人間とは違う気配だ」
 人間じゃないという事は妖怪だ。
 最近では四国勢が台頭し、巷には不穏な空気が漂っている。
 リクオを狙った四国勢は何処に潜んでいるか分からず、どんな時も油断と警戒を怠れない状態なのだ。
 鴆としてもリクオを守ろうと前へ出ようとした。
 鴆は自分が非力な事も、リクオに守られている事も分かっているが、それでも下僕として主人を守りたいと思ってしまうのだ。例えそれがリクオにとって不要なものでも、これは鴆の意地のようなものである。
 しかし鴆が身構える前に、ふとリクオは警戒を解いてしまう。
「リクオ?」
 鴆は不審気にリクオを見たが、リクオの方は今まで通り縁側で寛ぎだしてしまった。
「心配はいらないようだぜ」
 ニヤリと笑って断言するリクオに鴆は首を傾げる。
 だが、リクオの断言は直ぐに理解する事が出来た。


「鴆殿! 鴆殿はおられるか!?」


 夜闇に覆われた空から、月明かりを受けて一人の妖怪が庭先に降り立ったのだ。
「三羽鴉の……」
 突然現われた妖怪を目にし、鴆は少し驚いたように目を瞬く。
 そう、夜空を飛来してきた妖怪は、鴉天狗一族である三羽鴉の一人だった。
 どうやらリクオが察知した気配も鴉天狗だったようで、それに気付いたリクオは早々に警戒を解いたのだ。
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