■小説
□リクオの百鬼夜行と鴆
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四国勢が迫り、屋敷内には戦々恐々とした雰囲気が漂っていた。
だがその中で。
「兢々としてんじゃんねぇ。相手はただの化け狸だろーが」
不意に、夜のリクオの凛とした声が響いた。
その声に妖怪達はざわめき、リクオの圧倒的な存在感に畏怖する。
リクオはそれらの妖怪達を睥睨すると、「猩影」と一人の妖怪を流し見た。
「テメェの親父の仇だ。化け狸の皮はお前が剝げ」
そう言い放った口調は淡々としたものだ。
しかし眼差しは怜悧を帯び、リクオが纏う『畏れ』はまさに奴良組三代目のそれだった。
こうして妖怪達が夜のリクオに震撼する中、リクオの百鬼夜行が始まる。
リクオと七分三分の盃を交わして忠誠を誓った妖怪達が集い、リクオの下で一つに統率されていく。
その中心で百鬼夜行を率いるリクオは悠然と構え、圧倒的な畏れを纏う。
そう、百鬼夜行を率いるにはそれだけで良いのだ。
畏れは妖怪の力そのものであり、畏れに惹かれて妖怪達はリクオの足元に膝を着き、忠誠を誓うのだから。
「リクオ……」
この光景を目にしていた鴆は小さく名前を呟いた。
妖怪達が次々に忠誠を誓う光景は壮観なもので、その中心に立つリクオには近寄り難さすら覚える。
鴆は今のリクオに近付く事を自分自身に許さず、少し離れた場所からリクオが三代目として百鬼夜行を率いようとする姿を目に焼き付けていた。
そして全ての妖怪と盃を終え、百鬼夜行が四国勢を迎え撃つ為に屋敷を出ようとすると鴆も慌ててそれに加わろうとする。
鴆は奴良組の幹部であり、リクオの義兄弟なのだ。
リクオが百鬼夜行を率いるというのに、自分が一緒に行かないなんて考えられなかった。
だが。
「鴆、お前は此処に残れ」
不意に、リクオの言葉が鴆の足を止めた。
「え……?」
突然の言葉に、鴆は意外そうな表情でリクオを見る。
まさかリクオに「残れ」などと言われるとは思わなかった。自分は義兄弟だというのに、リクオ自身に百鬼夜行から外されるなんて想像もしていなかったのだ。
「な、何でだよっ。オレも一緒に行くぞ……!」
驚きを隠し切れない鴆は怒声とともに食って掛かった。
しかし鴆の怒りなどでリクオが動揺する事はない。
それどころか百鬼を背後に従えるリクオは悠然とした足取りで鴆の方へ向かってくる。
そんなリクオを前に鴆は声を荒げようとしたが、反論の言葉は続けられなかった。
何故なら、自分を見据えるリクオの眼差しは鋭いもので、射抜かれるような錯覚を覚えて微動だにできなかったのだ。
圧倒的な畏れの前で、鴆の反論など他愛ないものだったのである。
「駄目だ。此処にいろ」
リクオは鴆の前に立つと再度言葉を繰り返した。
鴆は畏れを抱きながらも、悔しさに唇を噛み締める。
畏れを抱く相手だからこそついて行きたいのだ。自分も百鬼夜行に連れて行ってほしいのだ。
それなのに畏れを抱く相手に拒絶されるなんて、こんなに悔しいことはない。
「どうしてだよ! オレだって行くっ」
「分かった、はっきり言ってやる。お前がいると存分に戦えねぇ」
リクオの口から何の躊躇いも無く言葉が紡がれた。
この言葉に鴆は愕然とした。
「……オレが足手纏いだっていうのか……っ」
そう、リクオの言葉は暗に鴆が足手纏いと言っているのと同じなのである。
突きつけられたリクオの本音に鴆は愕然としたまま立ち尽くしてしまう。
鴆自身も自分は妖怪として弱い分類だと自覚しているが、それでもリクオ本人から足手纏いだとされるのはショックだった。
どう反応して良いかすら分からず、鴆は言葉も無く立ち尽くす。
しかし。
「否定はしねぇ。だが、肯定もしねぇ」
次にリクオから紡がれた言葉は曖昧に濁すものだった。
訳の分からない言葉に鴆はリクオを睨んだが、リクオの面差しを見た瞬間、鴆は少し拍子抜けしたような表情で目を見張った。
何故なら、自分に向けられるリクオの面差しは、先ほどの冷たい言葉を裏切っていたのだ。
傲慢なほどの絶対的な自信で百鬼夜行を率いようとする癖に、今、鴆に見せている表情は一人の男のものだった。
そう、奴良組三代目を継ぐ者ではなく、大切な人の身を案じる一人の男だ。
「私情だ。理解しろ」
僅かな躊躇いとともにリクオは言った。
鴆が百鬼夜行に加わることを拒んだ癖に。
突き放すような言葉を吐いた癖に。
百鬼が跪くような畏れを纏う癖に。
それなのに鴆に向けられた面差しは、そのどれをも裏切っている。
しかしリクオの本音を雄弁に語るそれに、鴆は先ほどまでの悔しさなど一瞬で消えてしまった。
リクオの本音を理解した鴆は、少し呆れたような表情をしながら小さな溜息を吐く。
「リクオ、オレはどうすればいい?」
そして鴆が紡いだのは、リクオに従う言葉だった。
残念でないといえば嘘になるが、鴆はリクオに従うと決めている。
足手纏いな事実は悔しいが、自分が百鬼夜行に加われない理由はそれだけでないと分かってしまった。
気付いた理由とは、自分がリクオの弱点になってしまうという事である。
百鬼夜行を率いるにあたって一番必要なのは『畏れ』だ。
だが鴆がリクオの傍にいる事で、リクオの畏れの中に情が生まれる。
リクオが鴆に抱いている情は畏れと相反するもので、それは百鬼夜行の中では不要なものなのだ。
否、不要というだけでなく弱点になってしまう事もある。
悔しいことだが、鴆もそれを察した。
「鴆は此処で俺の帰りを待ってろ」
「分かった。留守はオレが守っててやる」
「ああ。そうしてくれ」
鴆の返事にリクオは満足気に頷くと、リクオは踵を返す。
だが最後に。
「――――鴆、テメェが俺を選んだ事を後悔させねぇ」
リクオは鴆に背を向けたまま、強い意志でそう告げた。
百鬼夜行に連れて行く事は約束したくないが、この約束だけは守ると鴆に誓う。
「行ってくる」
リクオは百鬼を従え、四国勢を迎え撃つ為に屋敷を出て行く。
そして鴆は、リクオが率いる百鬼夜行を黙ったまま見送った。
百鬼夜行を見送る鴆は、それが見えなくなると屋敷の中へと踵を返す。
リクオは百鬼を率いて戦いに赴いた。
それなら留守を守る自分は、今、自分に出来る事をしなくてはならない。
「おい、薬と包帯、湯の用意をたくさんしておけ! 後は清潔な布も忘れるな!」
鴆は側使いの妖怪達に命令すると、自分も薬草の準備をした。
リクオが帰ってきた時、鴆は万全の体制で迎えたいのだ。
だって、何があってもリクオに従うと決めたのだから。
終わり