■小説
□愛の言霊
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「リクオ! 話は聞いたぞ!」
そう言って勢いよく部屋に飛び込んできたのは鴆だった。
就寝前だというのに何の騒ぎだとリクオは驚くが、鴆は構わずにずかずかと部屋に入ってくる。
自分の前にどかりと座り込んだ鴆に、リクオは面倒臭いこと言ってこなきゃいいけどと内心で辟易していた。
現代っ子の感覚を持っている昼のリクオは、鴆や側近達の任侠気質テンションに時々ついていけなくなる時があるのだ。
そして任侠気質丸出しで詰め寄ってくる時は、大概の場合において面倒事を持ってくる場合が多いのである。
しかしこうして面倒だと思いつつも、リクオが鴆を邪険にする事は絶対にない。
それは鴆に悪気が無いからというのもあるが、それ以上にリクオが鴆の事を大切に想っているからだ。
そう、はっきりいって惚れている。
こんな堅物で時代錯誤な任侠気質の男の何処が良かったのかと問われれば、小一時間悩んでしまうがそれでも惚れているのだから仕方ない。それに任侠気質という事は、主に対して一途という事だ。一途だなんて健気で可愛いではないか。
リクオは自分の想いを鴆本人に打ち明けていないが、それでも時期が来たら告白しようと思っている。
その時期がくるまで、想いを秘密にしつつ鴆を大事にしていきたいのだ。
「話は聞いたって、何を聞いたの?」
リクオが訊ねると、鴆は難しい顔で重く頷く。
「お前、陰陽師と戦ったんだって?」
鴆から切り出された内容は、意外といえば意外なものだった。
しかも今の鴆は憂いた表情をしており、リクオの事をとても心配しているようなのだ。
その表情にリクオは首を傾げる。確かに花開院の兄弟と戦ったが、その事について鴆に心配されるような事があっただろうか。
「まあ戦ったけど……。それがどうかしたの?」
「どうかしたのじゃねぇ! お前、大丈夫なのかよ!」
突然声を荒げた鴆に、リクオは「大丈夫って?」と思わず訊き返してしまう。だが。
「バカモノッ! てめぇの心配してやってんだろ!」
返ってきたのは盛大な怒声だった。
心配しているならもっと優しく言えば良いものを、他人事のようなリクオの態度が鴆の勢いに油を注いでしまったのだ。
「そ、そんなに怒らなくても……」
「怒ってねぇ!」
怒ってないなら怒鳴るなよと突っ込みどころはたくさんあるが、とりあえず鴆は怒っている訳ではなくて心配しているだけらしい。
こうして一通り怒鳴った鴆は改めてリクオに向き直る。
「それで本当に大丈夫だったのか? 相手の陰陽師は言霊とかいう摩訶不思議な技を使うそうじゃねぇか」
「え、摩訶不思議って……」
「言霊ってのはアレだろ? 相手を思い通りにする技だろ。右向けって言ったら右向く」
そう言って実際に右を向く鴆。
そんな鴆の姿に、どうしよう……とリクオは思った。
実際に右を向いてしまう鴆をとても可愛いと思うが、大丈夫か? とも思ってしまう。
まあ、可愛いと思う部分は惚れた欲目なので、リクオもまあいいかと結局受け流した。
「えっとね、この前の戦いは言霊っていうより化かしあいに近い感じだったよ。言霊はあんまり関係無いかな」
「言霊は化かしあいだと? また面妖な技を使いやがる……」
「め、面妖って……」
生粋の妖怪である鴆が面妖も何も無いと思うのだが、リクオは鴆の為に簡単に説明をする。
そもそも言霊というのは、一般的には言葉に宿ると信じられる霊的な力の事である。声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えられると信じられ、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた。
そう考えると言霊は呪いに近いもので、使い方によっては精神支配も可能なものだろう。
こうしてリクオが簡単に言霊の説明をすると、鴆は厳しい表情で頷いた。
「呪いか……。オレの薬で何とかできねぇかな」
鴆は真剣な面持ちで呟いたが、はっきり言って無理だろう。
しかしそれを本人に言える筈もなく、「頑張ってね」とリクオは誤魔化そうとしたが。
「おう、頑張るぜ!」
鴆から嬉しそうな返事が返ってきてしまった。
どうやら真に受けてしまったようである。
「でも、言霊ってあんまりよく分からねぇ。もっと具体的に教えてくれねぇか? できれば体験してみたいんだが」
しかも鴆はかなり本気のようだ。
本気で頭を悩ませる鴆に、リクオもどうしよう……と内心で悩んでしまった。
だが。