■小説「恋色絵草子」

□序幕・盃の罠
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 焼け落ちた家屋の残骸が広がる中、鴆は夜のリクオと向かい合っていた。
「……なるほど…、四分の一は妖怪だってーのか……。なっさけねぇ、こっちはれっきとした妖怪だってのに、結局足手纏いになっちまってる……」
 鴆は悔しげに唇を噛み、情けなさに打ちひしがれる。
 鴆は鴆一派頭首であり奴良組幹部という立場だが、先ほど自分の幹部達に裏切られ、屋敷を炎上された挙げ句に殺されそうになったのだ。
 それをリクオに救われた訳だが、自分は見ている事しか出来なかったのが情けない。
 しかもこうしている間にも身体は夜風に冷やされ、耐えようとする間もなく咳が出てしまう。
 身体の貧弱さは鴆の宿命とはいえ、幹部の裏切りに遭った今では咳の一つ一つすら惨めに響いているような気がした。
 でも。
「なあリクオ。今のお前なら……継げんじゃねぇのか? ――――三代目」
 でも、惨めさに打ちひしがれる鴆の前にも希望が灯された。
 リクオが奴良組三代目を継ぎ、百鬼夜行を率いる姿を見るのが鴆の夢だったのだ。
 その夢が今、夢から現実へ近付こうとしている。
 妖怪へ変化した夜のリクオなら、百鬼夜行を率いる事が可能だと思えたのだ。
「オレが死ぬ前に……、晴れ姿見せちゃあくれねぇか」
 鴆は切なる願いを籠め、リクオを見つめてそう言った。
 『鴆』という妖怪は短命である。
 鴆自身も自分が長く生きられない事は百も承知なのだ。
 でもだからこそ、願いは叶えたい。灯った希望を形にしたい。
 それらの意を籠め、鴆は両手を地に着いて静かに頭を下げた。
 こうして頭を下げた鴆だったが、暫くして。
「――――飲むかい」
 不意にリクオから声を掛けられた。
 その言葉に鴆が顔を上げると、リクオは何処から取り出したのか知らないが酒瓶を掲げて見せている。
 酒瓶を見せられた鴆は堪らない気持ちがこみ上げた。
 何故なら、それは鴆がリクオに抱いている願いや希望、その全ての答えを指しているような気がしたからである。
「いいねぇ……、オレに…酒をついでくれんのかい。ついでに……あんたの盃もくれよ。オレは、正式にあんたの下僕になりてぇ!」
 男が男に惚れるとは、きっとこういう事を意味するのだろう。
 感極まった鴆は、リクオの男気に惚れた勢いで言葉を続ける。
「どーせ死ぬなら、あんたと……本当の義兄弟にさせてくれ。親の代じゃねぇ…、直接あんたから」
 乞うように願いを口にする鴆。
 そんな鴆の姿に、リクオは口元に薄い笑みを刻む。
「いいぜ。鴆は弱ぇ妖怪だかんな。オレが守ってやるよ」
 それがリクオの答えだった。
 紡がれた言葉は鴆の弱さを馬鹿にするものだったが、籠められた意味は深く、響きは誓いのそれである。
 意地悪なリクオの言葉に鴆は「はっきり言うな……。夜のリクオは」と小さく笑った。
 こうして二人は猪口を持ち、五分五分の盃を交わす。
 それは義兄弟の盃であり、対等な立場である事を示すものだ。
 場所は焼け落ちた屋敷跡で、見守っているのは鴉天狗だけという状況だというのに、盃は神聖な儀式のように粛々とした雰囲気の中で交わされたのだった。




 鴆と義兄弟の盃を交わしたリクオは、朧車に乗って本家への帰路についていた。
 朧車の心地良い揺れの中でリクオは手酌で酒を楽しんでいたが、不意に、自分のお目付け役である鴉天狗に話しかける。
「カラスよ……、あとどれほどの盃を交わせば……、妖怪どもに認められた事になる?」
「え!?」
 リクオの突然の言葉に鴉天狗は驚きで目を見開いた。
 しかしそんな鴉天狗の驚きすら楽しむリクオは、淡々とした口調で言葉を続ける。
「オレは三代目を継ぐぜ」
 絶対的な自信とともに告げられた言葉。
 傲慢ともいえるそれは、リクオだから許されたものである。
 鴉天狗は感激しながらも、緊張した面持ちでゴクリと息を飲む。
「とうとう三代目を継ぐ決心をされたのか……! しかも、先ほど五分五分の盃を交わしたばかりだというのに、もう次の盃の事を考えておられる!」
 鴉天狗は興奮と感激に奮い立ったが、その一方で「鴆殿には気の毒かもしれんが、英雄色を好むというし……」とぶつぶつと何事かを悩みだす。
 呟かれた悩みはリクオの耳には届かなかったが、鴉天狗は直ぐに気を取り直すとリクオを振り返った。
「分かりました。私もリクオ様の為に尽力いたしましょう。では本家に帰ってさっそく画図をご覧下さい。後の事は私が責任を持って進めますので」
 鴉天狗は厳かな面持ちでそう言うと、本家に着く道すがらもリクオに百鬼夜行について語って聞かせたのだった。
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