SS

□それではまた
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街中にある銀色の硝子張りに聳え立つマンションの一角。


ピンポーン…

「高杉君居ますか?」不登校の高杉君の家に配布物を渡しにやってきたのだがどうやら高杉君は鍵も掛けずにに留守だったらしい。

「高杉くーん」
少しドアを開けただけでも感じる清々しい空間。
節電と騒がれているのにキンと冷えきったエアコンが効いた部屋は真夏の猛暑日には至極天国のようだった。


玄関戸を少し開くと彼の靴だけあった。
高杉君の両親は海外赴任中の為、三年間この高級マンションに独り住まいなのだ。
なんて羨ましい。


「あのー、高杉君居ますか?」

先程、家に行くと連絡した筈なのに、居留守かしら。


「高杉さーん…」

やっぱり居ない。何なんだあの子は。

配布物をテーブルに置いて帰ってしまえば私の務めは終わる。
嫌な用事は済ませてしまえと高杉君の部屋に強行突破した。


彼の部屋はそれはもう独り暮しの年頃の男の子らしさが漂っていた。
無造作に置かれた雑誌や算盤。そして、ベッドの上にはギター。
思わず先程まで使っていたのだろう、思わず私物に触れた。
彼って、こんなものが好きなんだ。彼の所有物を手にすると顔が綻ぶ。
ちょっとぐらい嗅ぐぐらいならタダじゃないか。
と算盤を手にしたが、変態迷惑行為にて止めた。


「高そうなベッドだなー」
彼のもふもふしたベッドに座るが、思わず衝動を抑えられずベットにダイブし、布団に顔を埋めてしまった。
彼がつけている香水の香りがした。

「高杉君の香りだ」
涼しくて高杉君が沢山詰まった部屋に胸がいっぱいになる。
「幸せだ」と思わず何度も心の中で連呼してしまう自分は気持ちが悪い。


少しだけ…。
ほんの少しだけ。
暑さで体力を失われていた私に涼しい空間は拷問に近い。
瞼が下がるのと共に何時の間にか記憶が途切れていた。



***

「人の家で爆睡なんざいい度胸していやがる」

重低音の聞き慣れた声に、心臓の血流がばくばくと噴き出したように流れた。

ヤバい。
帰ってきちゃったんだ。
「…ごめんなさい!ついうとうとしちゃって!」
朦朧とする身体をおこし、「何かした?寝てませんけど」と毅然とした態度で取り次ぐ。
机の椅子に凭れる様に座り、呆れた顔で覗き込む高杉君。

「涎出てる。顔に変な跡ついてる」
「……あ」

高杉君に涎を指摘され、顔に熱が集中してゆくのが自分でわかった。慌てて涎を拭う自分が酷く情けない。

私の一連の行動を無表情で頬杖付いて眺めている高杉君。
何を考えているか解らないのがまた居心地の悪さに拍車させた。

「…んで?」

「……あ、あの、これ銀八に頼まれたの」
学校の三者面談の案内や、宿題のプリント、進路調査の配布物が束になったものを高杉に手渡した。

ん?ああ、それか。
そんな言葉でも発しそうな顔で私の顔を眺めている。

「…あと、銀八がいい加減、学校に来いだって。……それじゃ、私は帰るね」
色々罰が悪くてベットを立ち上がり、鞄を持った。



「……鍵は掛けない主義だから。次は食いもんぐらい持ってこい。あと、学校まで送り迎えしてくれたら学校、行ってやってもいいぞ」

「え?どうゆー事?」
「そうゆう事。テメェが世話してくれたら学校行ってもいいぞ」

「は?何よそれ」

「明日の弁当はいなり寿司食いたい」

どんだけ横暴なの!?
思わず高杉君に突っ込んでしまった。

「ちょっと、あたしは家政婦!?」
「家政婦でいいのか?」
「…そ、そりゃ嫌よ」
すると、高杉君は髪をさらりと靡かせながらふふって笑った。

高杉君の家を出て、先程の言葉を思い返してみる。

食い物ぐらい持ってこいよなんて。
食い物持ってきたら来ていいの?
弁当作ってあげたらいいの?
なんなのよ!高杉君!
そんな事言われたら毎日行きますよ。
思わず心の中で叫んだ。
家政婦だって結構。
だって高杉君に会えるのなら。



それではまた



「明日、7時半!迎えに来るから!!」
高杉君に半ば叫び気味で玄関を出て行った。


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