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□鬼は臆病者に恋をした
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[side 土方]
「ぁ、……………チッ」
書類にペンを走らせながら口が寂しくなり、それを満たす為に内ポケットから取り出そうとしたら 箱の中が空で、そう言えばさっき吸ったのが最後の1本だったな、と舌打ちをした。
切らした煙草を買いに行く為に屯所の外に出ると、目を奪われる様な銀色が視界に入った。
なんで、こんな場所(ところ)に。
「……万事、屋?」
俺が声を掛ければ万事屋はピクッと肩を揺らし、少しの間を置くとやがてそろりと振り向いた。
仕事帰りにたまたま通り掛かったと言うが、本当だろうか?
俺の初めての告白から、その想いが迷惑なのか、俺を避けるかの様な態度を取り出した万事屋。
それが、バッタリ会ってしまうかも知れないのに、真選組の前をわざわざ通るだろうか?
待ち伏せだろうが本当に偶然だろうが、俺から会いたいと思って行動しないと、万事屋とは会えなくなってしまったのに。
でも、今こうして万事屋が俺の目の前に居る理由が…思い当たる‘ふし’はある。
それは、江戸に広まる噂。
勿論それは俺の耳にも届いている。おそらく、万事屋の耳にも入っているだろう。
それで、それはいったいどう言う事なのかと、問い詰めに来てくれたのではないのか?
お前の事を好きだと言っておきながら、見合いなんてどう言う事だ、と、少しでも怒ってはくれないのか?
なぁ、少しでも俺の事を気にかけてくれたんじゃないのか?
それでこうして俺に会いに来てくれたんじゃねぇのかよ?
俺に、言い訳ぐらい、させてくれよ。
「じゃ…俺、疲れてるから、もう帰るわ」
歩き出し、帰ろうとする万事屋を慌てて呼び止める。
「ちょっ…、ちょっと待て!」
「……………なに?」
呼び止めたはいいが、少し困った様子で眉を下げ振り返った万事屋の顔を見て、俺は急に不安になった。
今コイツがここに居る理由が、本当に噂の真相を確かめる為だったとしても、それが俺の望んだ理由とは違っていたら?
ほんの少しでも嫉妬の様なものを感じてくれたとか、俺が誰かと一緒になってしまうかも、と、ほんの少しでも寂しく感じているんじゃなかったら?
縁談がまとまり結婚が決まったのだから、と、これでようやく俺に付きまとわれる事がなくなる。と、安心したくて様子を見に来てたとしたら?
今まで、そんなに俺はお前に迷惑しか与えていなかったのか?
そんなに、俺は、お前に嫌われてたのか?
…………そうか、そんなに俺の事が、嫌いなのか。
それなら、いっそのこと…。
もっと嫌われてしまえ。
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