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□欲望に溺れなさい
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首筋にも、胸元にも、太ももにも、真っ白なその体中に幾つもの真っ赤な華の痕を付けた 自分が想いを寄せる男が、辛うじてシーツで大事な所を隠されているといっても、ほぼ全裸の姿で眠りについている。


誰のものなのか、銀時の体にも、ベッドにも、そこら中に精液の痕跡も見受けられる。


「…………万事、屋?」


衝撃的な光景に、まるで信じられないものでも見る様に呆然としていた土方だったが、やがて顔を、耳まで真っ赤にして卑猥すぎる銀時から目を反らした。


なんだ?どうなってる?
と、震える手をギュッと握りしめながら、土方の頭はパニックに陥っていた。


「紹介しますね?彼は私の恋人です」


ドクドクと心臓をウルサイ程に高鳴らせていた土方は、異三郎の言葉で、冷水でも浴びせられたかの様な感覚が背筋を走った。


苦しい、寒い、心臓が…、堪らなく痛い。


「………恋、人?」


ようやく口を動かせたと思ったら、酷く掠れた声だと土方は思った。


「……万事屋と、あんたが?冗談だろ?」


真相はどうであれ、一見 目の前の光景が事実を物語っている場面に立たされた土方は、それにも関わらず、冗談だったらどれ程いいか、とそう思いながら聞き返す。


「冗談?今そんな事を貴方に言う必要性がどこに?」


小バカにしたように言う異三郎に、土方はカチンと来る。


「だって…」


「……だって?では、貴方にはこれが冗談だと言う根拠でもおありなんですか?」


言われると、土方は数日前の事を思い出した。



‘ ごめん、俺…男と付き合うとか、ちょっと考えらんねぇ。……無理だわ ’



実は土方も数日前、銀時に告白をし、異三郎と同じく振られていたのだった。


「だって!万事屋は…男と付き合うなんて無理だっつったんだ!だから俺はコイツに振られて……っ…」


そこまで言うと、土方はハッとして、思わず口走ってしまった事を後悔した。


「ほぉ、貴方も坂田さんに想いを寄せていたのですか。それは驚きましたね」


などと、異三郎は顔色ひとつ変える事なく、とても驚いているといった様子も見せずに口にした。後、こう続けた。


「それが、冗談だと言う根拠ですか?

…貴方が振られた理由が坂田さん(かれ)の優しさだったとは考えないのですか?」


「……優しさ?」


「貴方が男だったから振ったのでは無く、貴方だったから振ったのでは?」


「っ…」


異三郎の言葉に、土方は傷ついた顔をした。


「それをストレートに伝えては可哀想だと配慮してくれたのではないですか?
坂田さんは優しい人ですからね。

男だから振られた。その建前があれば、まだ慰めにもなるじゃありませんか。

でも…そんな彼の優しさも無駄にしてしまいましたね。彼の事を自慢したいあまり、はしゃいで、最もそれを伝えてはいけない相手にその事実を伝えてしまったのですから。

同じ男の身でありながら、貴方はダメで私は良かったと言う事実を…」


「っ…」


嫉妬なのか、屈辱なのか、羞恥なのか、悔しさなのか、土方の中には瞬間、カッとどす黒いものが沸き上がる。


「こちらからお呼び立てしておいて申し訳ありませんが、そう言う事情でしたら、今すぐお引き取り願えますか?

こんな状況で坂田さんが目を覚ましてしまったら、気まずい思いをするでしょう?
彼も、貴方も。それはあまりにも酷だ。

………それに、いつまでも‘あんな姿’の恋人を、その彼を想っている人にさらしていたくはありませんから」


そこまでを言うと、異三郎は 青白い顔をした土方の腕を掴み、開けっぱなしだった扉から廊下へと引きずる様に連れ出した。


「本当にすみませんでした」


抑揚なく言うと、異三郎は部屋へ戻り、扉に手を掛けて廊下の土方に目をやった。


「貴方の気持ちは聞かなかった事にしますから、貴方が今こうして見て聞いた事も忘れて下さい。坂田さんは私と違って友人が多い。こんな事で彼の大切な交遊関係をギクシャクしたものにするのは申し訳ないので。

いずれまた彼と会う事もあるでしょうが、その時は‘今と何ら変わらず’に‘友達’として仲良くして上げて下さいね。

では、さようなら。土方さん」


言うと、異三郎は扉を閉めた。まるで、銀時と土方の間を遮断するかの様に、乱暴な訳では無いのに、やけに音を響かせて。


その場に独り取り残された土方は、震えるカラダを感じながら後悔していた。


「………こんな事なら…あの時、殺しておけばよかった」


呟いた土方の脳裏には‘あの時’がフラッシュバックしていた。


己の振りかざした刀が銃弾を真っ二つに切り裂き、そのまま拳銃を、真っ白な隊服を、その体を貫いて、壁に飾り付けてやった汚い薔薇、異三郎の顔が。


「くそっ…」


悔しそうに呟くと、土方は重い足取りでフラフラとその場を離れて行った。


一方その頃、異三郎はというと、閉めた扉にコツリと額を着け、肩を震わせ、声をころし それはそれは愉快そうに笑っていた。


「ククッ…、土方さんのあの顔。あ〜面白かった。まるでこの世の終わりといった表情で、実に傑作でしたねぇ」


異三郎はクルリと振り向き、壁に背中を凭れ掛けるとベッドの銀時を見つめる。


「憎悪で人が殺せるのなら、間違いなく私は今 土方さんに殺されてますね」


銀時の寝顔に、異三郎は目を細め、口角を上げた。


「坂田銀時、貴方は本当に罪な人だ。

この私をこんなにも虜にするなんて…。

私がまだ知らないだけで、他にも貴方を想っている人は沢山いるのでしょうね?

それは貴方が魅力的すぎるから当然の事なんでしょうが、でも、だからと言って、貴方を誰にも渡すつもりはありません。

ずっと……、
貴方は私の腕の中で溺れていればいい。それこそ…溺死してしまうぐらいに」


言うと、異三郎は 天使のような銀時の寝顔を見ながら、悪魔のような歪んだ微笑みを浮かべたのだった。




【end】




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