小説2
□クローバー
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空は青と緑と赤で染めた。その中に置いた雲は夜の訪れを感じて白灰のように色を深くした。そして、一人少女を座らせた。
「どうしたのですか?」
僕は少女に話しかけた。
「……」
すぐに夜になるというのに、余りの必死さに声を掛けなければと思った。
「お手伝いしてもいいですか?」
「……」
少女は大丈夫ですと云い、黙々と手を動かした――。
しかし、僕には放っておくことがどうしてもできなかった。
話しかけている僕は何となくだが、少女の探しているものが四つ葉のクローバーではないかと思った……。
少女のその手つきはどこか傷付けないようにとそっとクローバーの茂みをわけていた。
手にはクローバーの緑だとか、土の赤とかが深く染みついていた。
「四つ葉のクローバーを探しているんですね?」
少女は屈めていた体を少し浮かせて驚いているようだった……。
しかし、肯定はしなかった。
「そうですか。四つ葉……探してもいいですか?」
「勝手にすればいいじゃないですか?」
少女の頬は僕の想像どうりだったことにきまりが悪くなったのか、ただ単に年頃の男が近くにいるということに困惑したのか、マーマレード色になった。
夕焼けの赤が頬にうつったような、きれいなマーマレードだった。
「……」
「……」
僕たちは何も話そうとはしなかったが、お互いに視線を気にしているようだった。
「なぜ、クローバーを見つけたいんです」
沈黙に耐えられなかったのは僕だった。
「……」
「話したくないことですか?」
「……」
また、僕たちに沈黙がやって来た。
僕はその沈黙を振り払おう努力したが、少女のだんまりがうつったのか、黙々とクローバーを探すことにした。
その行いは、もはやお互いがお互いを意識しないようにしている感じになった。
「あたしがなんでクローバーを探していると思ったの?」
日が地平線へと落ちようとしたその時―少女が質問を投げかけた。
夕陽の最後の灯火はやけに輝いていて少女の表情を窺うことができなかったが、その言葉を待っていたかのようにすんなりと言葉が浮かんだ。
「うーん、その手かな。土とか草の色で汚れてるから」
少女はそれだけと云わんばかりに目を丸くした。
「違うかもしれないじゃない」
「そうかもね。でも、落し物を探しているには見えないよ。ずっと同じ場所を探してる。それにクローバーの茂みを探してるときなんか優しく触れているように思う」
「そう」
少女は一言呟いて立ち上がった。
「帰る」
少女にはなにか吹っ切れたような清々しさが感じられた。
僕は云わなければならないと思った……。
「四つ葉のクローバーってさ、どの国でもその葉っぱ一枚一枚に意味があるんだって、日本ではその一つ一つが希望、信仰、愛情を意味して、最後の葉は幸福なんだって……、でも僕は、最後の一枚は愛情だと思うんだよね。だって、愛情は一人では貰うことも与えることもできないでしょ……。だから、クローバーの最後の一枚は誰かから一枚のハートをわけてもらえばいいと思うんだ。確かに三つ葉は特別じゃないけど、僕は全部ある四つ葉よりも三つ葉の方が好きだな」
云わずにはいられなかった。少女の手には水色が溢れていたから……。
―エピローグ―
小さな木造の個室に、私が一人座っている。
そして、あの時のように彼がすぐ傍にぼんやりといる。
「絵はかけたかい?」
彼は微笑みながら云った。
今、彼のそのホットミルクのような表情に、あたしも同じように微笑んでいる。
「まだ」
彼は笑いながら、いつまでも待ってるよと冗談気味に云って、またぼんやりとした。
実はこの絵は完成していたりする。
完成したときいたら、彼はきっとタイトルを聞いてくるだろうなと思ったから嘘をついたのだ。
タイトルはやっぱり、
「私を想ってください」にしよう。