T&B
□ストーカー編さん
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[今日寝坊するから先に行って]
洒落っ気のないシンプルなメール。
制服に着替えた英は整えたばかりの頭をがしがしと掻いた。
「何だよ、今日寝坊するからって。寝坊じゃねぇよそんなの。」
朝一番に会って話したかった。
だが、事はそう簡単に運ぶものではない。
腕時計が家を出る時間を示したので、英は鞄を持って家から出た。
カリーナを待つことはしなかった。
(休みたい)
正直なところ今日は学校を休みたかった。
だが、単位の問題がある。
留年だけはしたくなかった。
天気はいいが、逆にそれが憎たらしくなってくる。
カリーナは重い気分で教室のドアを開けた。
「「あ」」
ガラッと開けた瞬間、そこに居たのは顔を合わせ辛い人物。
カリーナは英と目を合わせずに席に向かおうとする。
英はカリーナの手首を掴むと顔をずいっとカリーナに近づけた。
教室にはほとんど人が居ないことにカリーナは気づいていない。
「おはよう!」
「な、何!?(顔近い!)」
「朝の挨拶!」
「お、は、よ、う!」
カリーナは腕を逆側に捻って英から離れる。
その顔は真っ赤に染まっていて、しかめ面だった英に驚きの色が浮かぶ。
英は下を向いて申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
「ごめん。」
「何よ、別に・・・」
昨日のことを言っているのかしら。
英に真っ直ぐ見つめられて、カリーナは耳まで赤くなる。
ここで、もしかして、漫画のような発言が来るの!?
「強く掴んじゃったから、手首」
(予想は出来たけど敢えて言うわ、そっちかよ!)
はぁ、とカリーナは頭を抱える。
しかし、呆れる気持ちの次には不思議と穏やかな気持ちが湧いてきた。
鈍感で、優しくて、どこかずれているようないないようないつもの英だ。
曇り空が晴れていくような、すっきりとした気分になってくる。
カリーナがクスッと笑い出すと、英も釣られて笑い出す。
「何笑ってんだよ!」
「そっちだって!」
カリーナも英も、その時は昨日のことなどすっかり忘れていた。
あれ、とカリーナが笑いを止めると教室が一気に静まり返る。
この時間帯なら、もっといてもおかしくないのに。
首をかしげるカリーナを見て、英がまた笑い声を上げた。
「今度は何よ!」
「カリーナ、今日の一限目何か忘れたのか?」
「一限目?化学でしょ?それが・・・」
ハッと口元を手で押さえる。
しまった、すっかりカリーナは失念していたのだ。
前回の授業の時に、教科担任が次の授業は化学実験室で行うと言ったことを。
英は分かっていたようで、未だに笑っている。
少しだけうざく感じた。
「て言うか、それなら何で英がここにいるのよ!」
「カリーナなら間違えて来るんじゃないかって思って“待ってた”。」
わざと“待ってた”という部分を強調すれば、カリーナに朱が差す。
その反応がつい楽しくて、英はまた表情を弛めた。
「そろそろ化学実験室行くぞ。」
カリーナの鞄を引ったくって、ついでに自分の鞄も持って英は教室から出る。
彼だけいつも余裕がある、そうカリーナは感じた。
昨日の困惑した余裕のない表情は、見慣れていなかった。
前を歩いていく英に、淡い期待が込み上げる。
「ねぇ、」
「ん?」
「私が教室に来なかったら、とか考えなかったの?」
カリーナが尋ねると、英は「あー」とか「うー」とか曖昧な返事をする。
はっきり言いなさいとカリーナが言うと、降参したのか小さく答えた。
「考えたよ、そりゃ。」
「来なかったらどうするつもりだったの?」
「ギリギリまで待って、化学実験室行くつもりだった。」
ねぇ、期待してもいいのかしら。
カリーナは胸の中で、そっと英に聞く。
返事はもちろん無いけれど、カリーナにはまだそれで良かった。
今は、まだ。