T&B

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カリカリと、不断にペンを動かす音だけが英の部屋を支配している。
時節参考書のページを捲って、分からないところを確認している。
微積分とか本当に勘弁してほしい。
そう思いながら何とか辿り着いた答えに線を引いて、英の課題は終了した。
時計を確認すれば、もう出発しなければいけない時間だ。
ノートと参考書を片付け、上着を羽織って部屋から出る。

「英、そろそろ行くわよ。」

「今行くよ。」





シュテルンビルトメダイユ地区、大型スケートリンク場にて。
今日はここで、英の妹である桜の発表会があるのだ。
観客席の一番見えやすい所に座り、カメラを準備する。
桜が友達と談笑しながらベンチに座っているのを見つけ、英がやって来たことをメールで伝えた。


「桜、携帯鳴ってるよ。」

桜の隣に座っている少女が、彼女の携帯が震えていることに気が付いた。
桜の友人のこの少女の名前は鏑木楓。
スケートをやる中で桜が知り合った日本人の友達である。
桜がパチッと携帯を開くと、メール受信中の表示が出ていた。

「お兄ちゃんのメールだ。
・・・良かったね楓!お兄ちゃんもう来たって!」

「やった!」

楓は桜の言葉に顔を明るくさせる。
二人して観客席を探すと、こちらに手を振って歩いてくる英を見つけた。
英は一番前の席まで来ていた。

「お父さんとお母さんは?」

「自販機に飲み物買いに行ってるよ。
二人とも桜の演技楽しみにしてるから頑張れよ!」

「久しぶり、英さん!」

楓が英の名前を呼ぶと、英はにこりと笑って彼女の頭を撫でた。
その仕草が嬉しくて、それと同時にむず痒さも感じる。
楓の顔にほんのり朱がさした。
それに気付いた桜は、「控え室に行かなくちゃ〜」と適当な理由を呟いてその場を後にした。
空気の読める子である。

「楓ちゃんの演技も楽しみにしているからね!」

「ありがとう!」

「そういえば、虎徹さんは?」

「あ、お父さんは・・・」

楓は衣装の裾をキュッと握る。
楓と父親の虎徹は別々に住んでいた。
楓はオリエンタルタウン、虎徹はシュテルンビルト。
仕事で仕方ないと割りきっている分、こうして会える機会を楓は大事にしていた。
しかし世の中は上手くいかないもので、仕事が忙しい虎徹とちゃんと会えたことはほとんどなかった。
今日も一向に姿を見せないことから、きっと来れなくなったんだろうと楓は考えていた。

「ね、俺今日はカメラ持ってきたんだ。
容量いっぱいだし、楓ちゃんの演技ばっちり撮って虎徹さんに送ろうよ。」

だから笑って、と英は言った。
その言葉に楓は大きく頷く。

『選手の皆さんは』

場内にアナウンスがかかる。
見ててね、と楓が言うと英は頭を撫でて了解の意を示した。

「行ってらっしゃい楓ちゃん。」

「行ってきます、英さん!」



楓の背中を見送り、英は荷物を置いてある席に戻る。
両親が戻っていないことに首をかしげるが、きっと桜の元に行ったのだろう。
カメラが盗まれていたらどうするつもりだったのだろうか。
ともかく英はカメラを調整し、楓の演技が始まるのを待っていた。

「ん?」

氷上が暗くなる。
照明でも壊れたのかと思い、英がカメラから顔をあげた時だった。
会場のガラス天井が音を立てて崩れ、リンクの上に瓦礫が落ちてきた。
会場内が一斉にパニックになる。
皆一様に叫び声をあげて出口に避難するが、そこは既に瓦礫によって封じられてしまっていた。
英も席から立ち上がって避難しようとする。
しかし、ぼこぼこになった氷の上で誰かが倒れているのを視界の端に捉えた。
濃いピンク色の衣装は、見覚えがあった。

「楓ちゃん!」

英は走っていき、リンクに上がる。
滑りやすい氷の上で転ばないように気を付けながら楓の元に辿り着いた。
転んだ拍子に頭を打ってしまったのだろう、楓は気絶していた。

「楓ちゃん、楓ちゃん!」

英は楓の名前を呼び、肩を強く叩く。
楓の瞼がゆるゆると動いた時、英は安堵の表情を見せた。
が、頭上からの大きな音に表情を強ばらせる。
折れかかっていた柱はついに重みに耐えかねて折れてしまった。
それが支えていた所と一緒に落下してくる。
英は楓の体を抱き込んで、衝撃に備えた。
守らなくちゃ、その気持ちしかなかった。
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