過去拍手

□June
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六月は夫婦ネタ刹那





「刹那、話って何?」

「休憩中に悪いな。」

とある株式会社。
刹那はここの社員で、彼が呼び出した沙慈とは同僚である。
休憩スペースで待ち合わせした二人は、カップのコーヒー片手に話す。
(ちなみに刹那は牛乳たっぷりカフェオレで沙慈はブラック)

「俺に妻がいるのは知っているよな?」

「知ってるも何も、結婚式に呼んでくれたじゃないか。」

ウェディングケーキがまさかのガンダムだった。
他人である沙慈が何かを言える立場ではないが、それでいいのかセイエイ夫妻。
でも二人とも満面の笑みでケーキ入刀ならぬ“ガンダム入刀”してた。
いや、それはそれでいいのか?

「実は、妻が・・・」

「奥さんが?」

まさか、浮気とか!?
沙慈にはそれしか思い浮かばなかった。
何せ刹那は凄く深刻そうな顔をしている。
沙慈は固唾を飲み込んで、その続きを待った。

「家に帰ると必ず死んだふりをしているんだ」

「え」



それが始まったのは、けっこう前のこと。
刹那が仕事を終え、リビングに入ると妻の背中に包丁が刺さっていた。
床には赤い血が広がっていて、妻はうつ伏せに倒れている。

【おい!】

刹那は妻の元へ駆け寄る。
殺人、殺人事件なのか!?
まさか強盗が押し寄せてきたとか!?
様々な憶測が刹那の頭をぐるぐると埋め尽くす。
しかし、床に血で書いてある文字を見つけて全てを悟った。
“まぐろ”

【今日は、刺身か?】

【そうだよ〜】

妻は口許にも付いた血糊を指で勢いよく拭うと、ニコニコしながら起き上がった。
この血糊はどうしたのかと尋ねると、雑貨屋さんに売ってたと照れ臭そうに答えられた。
とりあえず、その日は一緒に血糊を綺麗に片付けた。
その後も、三日おき二日おき一日おきに妻の死んだふりは頻度を重ね、ついに毎日になった。
ちなみに、先日は玄関先でマンボウの着ぐるみが死んでいた。
正直ドアを閉めようかと思った。

【ただい・・・マンボウ・・・】

【うふふ・・・おかえリンゴ】

妻は着ぐるみを被ったままプルプル震えて笑っていた。



「この前は、頭に矢が刺さったまま晩御飯を作っていた。
見ていて、ちょっと勘弁してほしかった・・・」

「奥さん・・・凄いね」

「沙慈も妻帯者だろう。そういったことはないのか?」

「流石に死んだふりはないよ。
ルイスが僕に変なことするのは、彼女のイタズラか僕が」

と、そこで沙慈は言葉を止めた。
沙慈には刹那の奥さんが何故、死んだふりをするのかその理由が分かった気がした。

「奥さんって毎日家に一人?」

「ああ、昼間は一人で庭をいじっていたりしている。
パートとかはやっていない。」

「奥さん、寂しいんじゃないかな?」

確か、刹那の奥さんの実家はここから遠いと話していた。
ならば、親しい友人とも距離的に離れていたりする可能性も高い。
沙慈の妻であるルイスはこの近くの出身だから、長い付き合いの友人もいる。

「だから刹那に構ってほしいのかもね」

「・・・そうなのか?」

「奥さんは刹那が反応したら、すごく楽しそうにしていたんじゃない?」

刹那は今までを思い出す。
そういえば、広がる血糊を見て「今日のは掃除が大変そうだ」と言ったら嬉しそうに笑っていた。
朝、家の玄関で刹那を見送る彼女の気持ちを考える。
刹那を送った後の家の中は、ひどく寂しいものだろう。

「そうなのかもしれないな」

刹那はカップに残っているカフェオレを一気に飲んだ。




刹那は玄関のドアの前に居た。
今日は一体どんな死に方をしているのだろうか。
全身に矢が刺さっている?
ワニに食べられている?
シンプルに血を吐いている?
刹那は口許に笑みを浮かべた。
少し周りとは違うけど、それが彼女なりの愛情表現なら受け止めるまでだ。

「ただいま」

刹那はドアを開ける。
愛する妻の、一風変わった「おかえり」を期待しながら。






song by 「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています」

2011.06.05

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