過去拍手

□ひぐらし
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あの夏に、彼女と出会った。
彼女は東京から来た外の人間で、あの忌まわしい病気の感染者ではない。大学の研究のために来たと、彼女は私に話した。朝のひんやりとした風が心地よい、そんな日の古手神社で彼女と出会った。

「早く去るのですよ。」

いつもそう言ったのに、彼女は断固として帰ろうとしなかった。研究のためだ、簡単に帰るわけにはいかないのだろう。こっそりと見た彼女の手帳には、殴り書きがたくさんされていた。手で擦ってしまっただろう文字は真っ黒につぶれて読めない箇所さえある。手帳を見たことは彼女にばれてしまったけれど、彼女はそれをとがめようとはしなかった。雛見沢村で起こる惨劇、彼女は郷土史の研究と偽って、本当は事件の真相を探りに来たのだ。ますますいけない。彼女は村にいてはいけない。決して重なることのない運命が重なれば、それはすなわち彼女の死を意味していた。

「死なないよ、私は絶対にこの村で死なない」

「どうしてそんな風に言うのですか?」

そう尋ねると、彼女は困ったような笑みを浮かべた。そして隣にいる私の頬を引っ張る。引っ張って、笑顔で答えた。

「そういう自信があるの。それにね、信じてるから。きっと物語みたいなヒーローが現れて何もかもを助けてくれる」

そのヒーローに、私がなれたらいいのにね。彼女はそう言って笑った。笑って、瞳からは涙がこぼれ落ちた。たまにいるのだ、こういう人間が。廻ってきた惨劇の中で希望の光となりえる人間が、ごくたまに梨花の前に姿を現す。だけどそれはただの光に過ぎなくて、いつかは消えて無くなる。実体がない。故に梨花はつかみ取ることが出来ない。

「ここは何回目の六月かな?」

「もう数えるのは止めたのです」

「その中で私は何回、あなたを救うことが出来た?」

梨花がその問いに答えることはなかった。彼女が世界に現れたのは十数回、そのうち古手梨花の惨劇を救ったことは一度もない。毎回、後一歩のところで絶望を悟るのだ。
彼女の死には一定の決まりがあった。それは、顔を必ず潰されるということ。その行為に一体何の意味があるのかは分からない。それでも顔を潰されているのだ。梨花への見せしめのように。それは既に見慣れてしまった梨花には無意味なものなのに。この世界での彼女のXデーはいつだろう。

「あがいて、もがいて、這い蹲ってでも、次こそはあなたを救ってみせるよ」

死ぬことが分かっていても、彼女は決して諦めない。未来を、六月から先の未来を諦めるようなことは絶対にしない。こぼれ落ちた滴を親指でぬぐって、彼女は笑って見せた。
彼女が惨劇回避の鍵となるまで、梨花はあとxxxx回世界を巡る。
 

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