過去拍手

□名言
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彼は所謂“文学少年”である。休み時間、火神君が机に突っ伏して爆睡しているときなど、まるでチャンスとでもいうような様子で彼は読書にふける。私の横に座っている彼の水色の髪の毛が、少し揺れる。そんなときは、彼がページを捲ったときだ。バスケットボール部に所属している割に細くて綺麗な指が、本のページを薦めていく。私は、そんな彼の仕草を綺麗だと思っている。理由もなく、ただ見惚れてしまう。たかがページを捲る仕草一つ、しかし、私にとっては重要なことだった。

「ねぇ、黒子君。」
「何ですか?」
「今は何読んでるの?」

私が黒子君に話しかけるネタと言えば、後ろで寝ている火神君のことや彼が読んでいる本のことくらいである。彼自身に関しては、本以外の話題にあまり触れられない。ちょっと遠い感じがした。

「漱石の作品集です。」

そう言って、黒子君は私に本の表紙を見せた。本のタイトルは“夏目漱石作品集三”。文庫本コーナーに全巻並んでおり、良い機会だと思って全巻購入したらしい。私には出来ない。

「難しくない?」
「面白いですよ。言葉の解説もたまにありますからつっかえることはないです。」
「へぇ〜」
「そういえば、漱石の“月が青いですね”という言葉知っていますか?」
「ううん、知らない。」
「是非調べてみてください。」

黒子君はそう言って、ほんの少し笑って見せた。漱石に詳しくない私には、彼の表情の意味があまり読めない。もしかすると、この笑いは私に対する宣戦布告なのか?そんな風に思って、その言葉の意味を調べる本日の休み時間。予想外の答えに、私はただ目を丸くしていた。一方の黒子君は、とても満足した様子で、再び本を読み始めた。

「女性って、こういうサプライズみたいなの好きなんですよね?」

あのときの笑顔が、悪戯に成功した子供のそれのようだったと今の私は思い返す。隣に立つ黒子君は、「次のサプライズも楽しみにしててください」と言って、またあの笑顔を私に向けた。これは私への挑戦状である。

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