神を呪って死んでしまえ

□08:「分解と再構築」
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ビキビキと、全身の筋肉や血管や臓器が悲鳴を上げているのがよく分かった。
苦痛を口から吐き出す代わりに出てきたのは、大量の血であった。
赤黒い血液が、彼女の衣服を真っ赤に染めていく。
風の防御壁は消え、城中を動き回っていた水晶玉はただの水晶玉に戻っていた。
何が起きたのかはしおんには全く理解が出来ない。
多分、今の自分は酷い顔をしているのだとぼんやりと考える。
息が出来ない苦しさから、白い喉をかきむしる。
爪が突き刺さって赤い筋が幾本が生まれた。
赤い水たまりの上に、彼女は崩れ落ちる。
衛宮切嗣は、その様子をじいっと見つめていた。

「っ・・・え、あ・・・」

「何が起きたか分かっていないようだな。それも当然だ。」

切嗣は痺れていない方の手で銃を持ち、ビクビクと体を痙攣させているしおんに近づく。
だが、それ以上歩み寄れなかった。
今まで見たことのない反応が、しおんから出ていた。
体中から溢れ出す青白い光と、彼女を中心として渦巻く風。
一体何が起きているのか切嗣には理解できなかった。
ドクドクと鼓動を打つ音も耳に届く。
馬鹿な、と切嗣は呟いた。

「ゲホッ、エホッ、」

何かを組み替えているように、バキバキと異様な音が彼女の体から鳴り響く。
フラフラと起き上がった彼女は、咳き込みながら自身の体を抱きかかえた。
口、鼻、目、耳から血が流れる。
口の中に手を入れて、何かつっかえた物を出すような仕草で血を吐き出した。
人間とは思えない。

「あ゛ー」

「君は人間か?」

「うぇ・・・人間ですよ。呪われてるけど。」

完全に息を吹き返したしおんは、鼻と口元の血を手で拭いながら切嗣を見据えた。
目が血走っている。

「何が起きたか、教えてあげましょうか?」

「敵に言って良いのか?」

「別に・・・簡単に言えば、あなたにめちゃくちゃにされた魔術回路を破壊してもう一度作り直したんです。」

ルートAで作られていた魔術回路を完全に破壊し、Aによく似たルートBで新たに回路を作り直す。
そんなでたらめな事があるのかと切嗣は思ったが、目の前で起こった以上事実なのだ。

「それが、呪いなのか?」

「いいえ。呪いって言うのは、この姿のことですよ。」

赤く血走った目、口元に覗く鋭い八重歯、綺麗な黒髪は真っ白になり、額の部分には膨らんでいるものがある。
正に、絵に描いたような鬼の姿。
これがしおんの言う呪いなのだ。

「退魔で名声を得た久津見の先祖は鬼退治の際に呪いをかけられたんです。
子孫に鬼が生まれると。それが私達なんですよ。」

魔術師の家に生まれる双子は呪われているとはよく聞く事だ。
実際、彼女の前に現れた鬼は双子のどちらか一方であることが多かった。
久津見当主を決める際の決闘の本当の目的は鬼が誰なのかを見極めるためのもの。
鬼の呪いを受けた子は、“お蔵入り”といって結界の張られたお蔵で一生を過ごす。
離れたら最後、死ぬまで親兄弟とは会うことが叶わない。
しおんと弟のなつめは、今までとは違う形で呪いを受けた。

「私が鬼の姿を、弟が鬼の気性を、それぞれ呪いとして受けたんです。
“お蔵入り”したのは弟ですけどね。」

彼女の歯が唇に突き刺さる。
何かを堪えているようだ。
切嗣は一歩後ずさり、落とした銃を拾い上げる。

「離れた方が良いですよ、今の私の本能的な部分は鬼ですから。」

跳躍、切嗣はほぼ第六感に近い感覚で、その攻撃を見切った。
おおよそ人間の物とは思えない動き。
しおんが立っていたところは、床が深く抉れていた。
切嗣は頬を流れる血に気がつく。

「驚いた。本当に鬼なのか。」

地響きのようなうなり声と、口の端から垂れてくる血の混じった涎。
暗闇でもはっきりと浮かび上がる双眼は、血の色に染まっている。
額には人間にはなはずの瘤のような物が二つ浮き出ていた。
これが、久津見家の次期当主だと誰が信じられるだろうか。
尖った爪が彼女の腕に深々と突き刺さる。
切嗣はしおんの言葉を思い出していた。
しおんが受けたのは鬼の姿であり、人食い残虐な気性ではない。
心の奥底ではしおんがまだ生きている。
その姿が、切嗣の大切なあの人に、とても酷似していた。

「君はとても醜いな。」

救いたかったと一瞬でも思う自分が居た。
救うのであれば、方法は一つしかない。
否、切嗣はその方法しか知らない。

「楽にしてやろう。」
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