進撃

□初陣の日
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この世界に、本物の安寧などない。


百年人類を守ってきたこの壁が、いつ崩されるかも分からない。だのに、人類は皆思いこんでいるのだ。「この壁が簡単にやられるわけがない」と。それは、人間の力の範疇において考えた場合のみだ。人類の敵である巨人が如何ほどの力を持ち、人間を支配しているのか。壁の外に出たことのない私には、到底想像のつくものではなかった。座学の中の、教科書の上の存在。だけど、奴らが人間を喰うことだけは知っている。そして奴らが、あの強固な壁の外に闊歩していることも分かっている。それでも現実味を帯びてくれないのは、単に私が巨人と対峙したことが無かったからだ。

そして今、私の身体は震えている。
眼前の光景に対して、私は完全に臆していた。





845年

「いいか!貴様らはまだ正式な配属を受けてはいない。しかしだ!訓練兵を卒業した貴様らは兵士だ!ここでは私も貴様らも等しく兵士だ!」

遠くで煙が立っている。ずしんずしんと、地面が揺れる音がする。整列していた第96訓練兵団卒業生の顔は、皆一様に険しい。中には既に蒼白で、今にも倒れそうな者までいる始末だ。上官の檄を聞いている間にも、また一人、言いようのない緊張に顔を青ざめる。その中の一人であるイーナは、目覚ましの代わりに下唇をぎゅっと噛みしめていた。鋭い痛みだけが、頭を覚醒させてくれる。現場で必要なのは冷静な判断と迅速な行動。三年間の訓練で、耳にたこができそうなくらい教官に言われたことだった。

「心臓を捧げよ!」

全体が敬礼をする。作戦開始の合図でもあった。元から編成してあった通りに、班が分散する。真偽はどうあれ、訓練兵団卒業生のパワーバランスを均等にしたと上官は話していた。明らかに、戦力が足りてなさそうな班もあるが、彼らは上官達の補佐や伝達に回るのだろう。
自分たちがあてがわれた区画に移動する間、イーナは自分の班のメンバーの顔を見やる。

この班を率いる秀才リーダーのギルバード・ビンジット
訓練兵時代に格闘術で女子首席だったヴィネア・マックィーン
そしてイーナの相棒であるフレデリック・ベルマン。

「あの二人がうちの班で安心したよ。」

「そうね、私たちも安心して前を預けられるわ。」

市街地を駆けるギルバードとヴィネアがそう口にする前方では、フレデリックとイーナがまるで羽根が生えたかのように飛び回っている。あの二人はいつもそうだった。一人きりではあそこまでのスピードは出ない癖に、二人が一緒になると一気に加速する。ギルバードとヴィネアがあの二人に並ぶことは体力的にもきつい。二人は彼らが心おきなく進めるように、後方を守るだけだ。

「ギルバード、目標を確認した!」

「いけるか!?」

「任せて!」

どくどくと波打つ鼓動が熱を持ってイーナの身体を駆けめぐる。一挙一動が、捉えられぬ速さだった。フレデリックとイーナは、合図を出すこともなく散開する。巨人が二人に気がついた。そのでかい図体には似合わない速さで、二人を捕獲しようと身体を動かす。より高いところまでいったのはフレデリックだ。巨人は自分の頭上にいるフレデリックに手を伸ばし、あんぐりと口を開ける。フレデリックの身体が、頭上で一度制止した後落下し始めた。その前に、イーナの小さな影が、巨人の背後を横一線に貫いた。彼女が持っていた二本の剣は、巨人の血液によってぬらぬらと光っていた。急所であるうなじを削ぎ取られ、巨人は水蒸気と一緒に消滅する。

「討伐数いち!」

「今のはどっちに加算されるんだろうな?」

「討伐数はイーナ、補佐はフレディじゃないかしら?」
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