血塗れ将軍
□お嬢さん、お手をどうぞ
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職場について早々、なまえは持っていた鞄を上司のデスクに叩きつけた。
鳴り響く鈍い音に、同僚たちは「またか」と小さく呟く。
慣れてんだけどね、日常茶飯事ですよ、こんなこと。
なまえは表情筋がぴくぴくと引きつるのがわかった。
上司のデスクの上にあるむかつく綺麗な書体の置き書きをぐしゃぐしゃと丸め、鞄と同じく叩きつけた。
「あんの・・・男は」
ばっきゃろーい!!!
「みょうじ、出るの?」
「馬鹿上司のところ!」
脱いだジャケットをもう一度羽織って、なまえは出勤直後にまた外出。
通路ですれ違った別の部署配属の同期が、ニヤニヤしながら尋ねてきた。
いいよね彼女は上司に恵まれているから。
うちの上司と代えてくれよ、と頼んだら笑顔で胸の前で×を作られた。
「白鳥さんって顔はいいけど部下になるのは嫌かな。目ぇつけられるし。」
ニコニコ話すなばか野郎。
と言いたいところだが、彼女には親しくしてもらっているのでボソッと「そーですね」と返す。
「頑張れよ、世話焼き女房!」
「女房じゃない!」
同期の彼女はひらひらと手を振ってなまえの背中を見送った。
頑張れよ我が友人。
帰ってきたら飲みに行こうか、もちろん割り勘で。
そんなことを心の中で言いながら、上司に健気についていく彼女を見ていた。
ヒールをかつかつ鳴らせて、厚労省を出る。
もちろん行き先は決まっている。
東城医大だ。
先日の監査以来、なまえの上司である白鳥は入り浸っている。
いや、東城医大に入り浸るようになるのはもっと前のことだ。
かの有名すぎる“バチスタ事件”を解決した白鳥は有名になった。
何でそんな人間の部下に、しかも肩書きは“補佐官”になってしまったのだろうか。
日本の医療を変える前に、自分の上司をなんとかしなければならない。
(もう嫌だ・・・)
こんな風に思っても、口には出せない。
上司の悪口は言っても自分自身の弱音は吐かない、それがなまえの信念だ。
「着きましたよ。」
「ありがとうございました。」
代金を支払って、なまえはタクシーを降りた。
もちろん経費で落とす。
東城医大のロビーに入り、向かうはいつもの場所だ。
特別愁訴外来である。
「こんにちわ・・・」
罪悪感がいっぱい過ぎる。
せめてもの思いで控えめにノックしてから入ると、一人の看護師が出てきた。
彼女も顔見知りである。
「あらあら、お久しぶりですねみょうじさん。」
特別愁訴外来の看護師である藤原看護師だ。
「お疲れのようですね?」
「いやいや、私の場合はとりあえず上司が掴まればいいですから。」
「先ほど、田口先生と一緒に出ていかれましたよ。」
「すれ違ったか・・・!」
「迎えに行かれますか?」
ニコッと藤原看護師が言う。
なまえは少し考えた後、行き先を聞いて迎えに行くことにした。
ここで待っていても、藤原看護師の仕事の邪魔になってしまう。
行き先の救命救急センターに行くのは憚れるが、仕方がない。
教えてくれた藤原看護師に礼を言い、なまえは外来を後にした。