企画物

□梅の花が咲く頃には
2ページ/2ページ

まだその少女に、辛うじて自我が残っていた時の話。
ビシャッと顔に降りかかる生暖かい液体をその少女は舌で掬った。
あまり美味しいとは言えない。
手に持った斧の感触を確かめるように手に力を込めると、少女は表情を崩した。
既に肉塊と化した死体に、恐る恐る手を伸ばす。

「あの、大丈夫・・・ですか?」

少女が見て分かるように、大丈夫なはずが無かった。
頭は斧で真っ二つに割れて、見るも無惨な状態になっている。
即死だったと思われる。
狼狽する少女は、何とかしようとするがどうしようもない。
またやってしまった、と肉塊を揺さぶりながら少女は繰り返した。

―あと、二人―

それは紛れもなく少女の声だった。
青白い少女の顔は更に生気を失い、ゆらりと立ち上がる。
斧を握りしめて、まだ家の中に残っている人間を殺すために移動する。
許さない。許されない。
この家に入る人間は一人残らず皆殺しだ。





「遠島、」

「肉のないカレーなんて・・・うぅ肉がないカレーなんてぇ!」

(・・・)

山の中、香住ヨウスケは同級生の遠島マリカをずるずる引きずりながら歩いていた。
茜色の夕空は、だんだんと深い藍色に染まりつつある。
早く戻らないと、大騒ぎになってしまうのは目に見えている。
そしてカレーも食いっぱぐれてしまう。
この女子はそれを分かっているのか。
香住は甚だ疑問に思っていた。

「香住、お前約束覚えているよな?」

「クッキー奢る話だろ?覚えているよ。」

何せ、遠島は「クッキー奢るから」の一言をあの状況下で覚えていた。
言った香住本人が驚いたくらいである。

「あれ、付け足してくれないか?」

「何を?まだ食い足りないのか?」

「違う!最後まで話を聞け!」

そう叫んだ遠島の声が物凄く真剣味を帯びていたので、香住は一歩後ずさった。
一体何を付け足したいのだろうか。
香住はそれ以上は何も言わず、遠島の言葉を待っていた。

「ユエの墓を作ろう」

サァッと風が流れて、遠島の三つ編みが揺れる。
香住は次の言葉を見失ったが、すぐに頷いた。
埋める骨も無いし、意味があるかどうかは分からない。
それでもあの家でさ迷っていた少女の墓を作りたい気持ちは香住も分かった。
白く光る空間に進んでいったユエが、どうか天国で幸せになれるように。
両親と再会できるように。

「でもどこに作ろうか?場所なんて・・・」

まさかあの家があった場所ではないだろうな、と香住は疑う。
けれども遠島は「何言ってんだお前」とでも言い出しそうな雰囲気で香住を見た。

「学校の裏を行ったところに、梅の木が植えてある公園がある。そこで問題ないんじゃないか?」

「あぁ、なるほどね。」

香住は、あの家で見つけた鮮やかなおはじきを思い出した。
梅の木がある場所か、それはいい。

「言っただろう、お前。
“一緒に梅の花を見に行っておいで”って。」

「あぁ、そうだな。」

二人は、土煙をあげて崩れた廃屋を見つめた。
もうあの場所で惨劇が繰り返されることはない。
一夏の思い出にしては些かデンジャラス過ぎたが、梅の花が咲く頃には懐かしく思い出すのかもしれない。
あのきはだ色の着物の少女も、梅の花を見ていてくれることを願う。
香住と遠島が帰ってきたとき、既にカレータイムは始まっていた。





人の頭を割ることに対して抵抗が無くなって久しい頃、少女は不思議な二人組に出会った。
何故、ここに生きた人間がいるのか。
この家は荒れ果てて何もないのに、まだ奪うと言うのか。
少女の父は、異国の人間であった。
父と少女は太陽の下で輝く栗色の髪の毛と、空を思わせる色の瞳を持っていた。
しかし、漆黒の髪と瞳を持つこの地域の人間は二人を気味悪がった。
“鬼”と呼び、容赦なく殺して、財産を奪っていこうとした。
少女は気がついたら斧を握っていた。
誰が“鬼”だ、“鬼”はお前たちの方じゃないか!
少女が斧を振り上げるたびに、母の言葉が頭に浮かんでは消える。

―春を待つの、ユエ―

外へ続く扉も塞いで、たった一人で惨劇を繰り返す。
春なんて、一生来ないわ。
そう絶望していたユエに向かって、一人の女が彼女を叱咤した。

―お前を閉じ込めているここを作ったのは誰だ?お前しかいないだろう?―

―扉がないなら、道がないなら、作ればいい話だ!!―

彼女が扉を壊した瞬間、ユエの目に明るい光が飛び込んできた。
こんなに強くて優しくて温かい光を見たのはいつぶりだろうか。
でも私はそっちに行けない。
もう一人の少年が、戸惑うユエの背中を押すように言う。

―誰だって傷つけたり傷ついたりする―

―でもそれは、誰にでもあるチャンスなんだ。やり直すための―

それでもユエは戸惑った。
彼はそう言うけれど、許されないことをしたのは事実。
それは一生消えない。
だが少年はそれを許すとユエに言った。

―大丈夫。きっとお父さんとお母さんに会えるよ―

―だからユエ、二人に会ったら―


一緒に梅の花を見に行っておいで


厳しい冬が終わったら、全てが優しい春になる。
ユエの魂の冬が終わった。
ユエは恐る恐る、その光の中に足を入れる。
ふわっと軽くなり、ユエは微笑んだ。
自分に雪解けを届けてくれた二人に向かい、ユエは言葉を紡ぐ。

「ありがとう」

五色のおはじきを握りしめ、ユエは瞳を閉じた。





春を待つの、ユエ
そうしたら一緒に
本物の梅の花を見に行きましょうね











梅の花が咲く頃には
悲しいことは全て終わるから






クリア記念小説でした。
遠島が可愛くて仕方ない。ユエちゃんがどうか天国では幸せになれますように。
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ