君と僕。
□目が覚めたら
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「あら、さんちゃんじゃない」
ガチャッと開いた見慣れた扉。ひょこっと顔を覗かせたのは、いつもと変わらぬ笑顔のおばさんだった。
『えっと…』
「どうぞ上がって。祐希なら部屋にいるから」
あれ、知ってたんだ。おばさんは何でもお見通しなんだね。
そんなことを思いながら上り慣れた階段をトントン、と上がる。すると、今度は別の見慣れた扉に辿り着く。祐希と悠太の部屋だ。
コンコン
ドアを叩くと聞き慣れた音が響く。
「さん?」
そう言ってドアを開けたのは悠太だった。
「どうぞ。俺下にいるから何かあったら呼んでよ」
彼は優しい目でそう言って部屋を出た。
『あ、うん。ありがとう。お邪魔します』
反対に私は部屋に入ると後ろでパタン、とドアが閉まる音がした。
ごめん悠太。ごめんね、おじさん、おばさん。ごめんなさい。
今日で最後なのに…。
そうっと、ベッドで座る彼の隣りに腰掛けた。
『ねぇ、この街の人達は…私達は、要らない人間だったのかな?』
静かな部屋に自分の声が虚しく響く。
「そんなことないよ」
いつもよりはっきりした祐希の声。
「俺はそんなことないって思いたい。だってもしそうだったら、俺達の17年間はなんだったのって感じじゃない…ですか?」
『…うん、そうだね。ごめんね、祐希』
「なんで謝るの?」
祐希の方を見やるときょとん、というような顔。
『…祐希が家族と過ごしたいなら帰るよ、私』
「いや、俺は別に。さんこそ、家族と過ごさなくてよかったの?今から帰ってもまだ間に合うよ。家、すぐ隣なんだし」
祐希はいつもよりも優しい目、優しい声でそう言ってくれた。
『…最初はね、家族でって。そう思ったんだけど、なんか祐希の顔が思い浮かんだっていうか』
うまく言葉では言い表せないけど。
「、俺も。さんに会いたいって思ったよ」
そう言って微笑んだ幼馴染みの顔は、見たこともないぐらい優しくて。
『あのね…私、祐希の事が好き』
ぽつり、なかなか言えなくて今までさんざ苦労してきた言葉。それがまさかこんなにも簡単に口からこぼれるとは思わなかった。それはたぶんこんな境遇にあるから…と、いつもより優しい祐希のせい。
祐希は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにこう言った。
「俺もだよ。俺もさんが好き」
瞬間、時が止まったような感じがした。嬉しいのと、後悔と、いろんな感情が入り交じっていた。
『はは…こんなことなら早く言えばよかった。今日で最後なんだもんね。せっかく両思いって分かったのに…』
「うん」
『…本当はね。しようと思ったの、告白。今日で最後って分かったときに』
「うん」
祐希は静かに私の話を聞いてくれてる。
『でも言えなかった。もし振られたらもう元には戻れないと思ったから。祐希との関係が壊れたまま終ったらやだと思ったから。できるだけ長く祐希といたいって思ったから』
「うん」
『そう思ってるうちに、言えないまま結局今日になっちゃった』
今は意気地なしだった自分に後悔してる。
「俺も一緒。さんに距離置かれたら…って思ったら言えなかった。でもさ、さん」
外が騒がしくなってきた。
『うん?』
サイレンが鳴り始めたのだ。そろそろなんだ。緊張が走る。やだ、待って。もう少し…。
祐希は続ける。
「さんは今日で最後って言ったけど、俺は違うと思う」
『え?』
ウーウーうなる雑音の中、祐希の声だけがはっきりと聞こえる。
「まだ終わりじゃないよ。俺達は終わるんじゃない。この先には新しい世界があるんだよ。そこでは俺達ずっと一緒にいられるんだ」
『…そっか。じゃあ今日は始まりの日、だ』
そう言って私達は笑い合った。
「ねぇさん。手、繋ごうか」
『うん』
サイレンが鳴り始めてから3分程経つだろうか。そろそろこの辺りにもガスが蔓延してきたらしい。
『祐希…おやす…み』
苦しい。瞼が重たい。そろそろ限界だ。
「うん…また…後…で」
私達は手を取り合って眠りについた。
目が覚めたら
(きっと君がとなりにいる)
(そうしておはようって言うの)
(始まるよ、新しい世界)
20101031