雑食

□アン・ロック
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「おはよー、雪男ちゃん」
「その呼び方は止めろといつも言ってるでしょう。おはようございます」
「じゃあ、ゆっきー?」
「それも却下」

このやり取りは最近では最早、彼と学校で顔を合わす度に行われる恒例の行事と化していた。この間の席替えで後ろの席になった奥村先生。席が近くなったことをきっかけに話すようになったのだけど、彼曰く「学校で奥村先生呼びはちょっと・・・」とのことだった。ちなみに学校では敬語もいらないそうだ。

呼び方に関しては"奥村くん"だと彼の兄、奥村燐くんと区別がつかない。そういう理由から"奥村さん"にしようかと思ったのだけど、できればもっと対等な呼び方がいいとのこと。となると下の名前なのだが、"雪男くん"と呼ぶのは少々難易度が高い。私には照れてしまって無理!"雪男"だなんて以ての外だ。だから私は"雪男ちゃん"と呼ぶことにしたのだけど、どうやらお気に召さないらしい。男だからちゃん付けは嫌なんだとか。となると、もうゆっきーしかないと思うんだけどそれも嫌がる。あれだね。奥村先生は意外と我儘だ。

「ねえ、じゃあなんて呼んだらいいのー?」

いい加減このやり取りにも飽きてしまった私はついに奥村先生に問いただした。

「分かりませんか?」
「え、」
「言わなければ、分かりませんか?」

先生の綺麗な双眸が、私を捉える。彼の瞳に吸い込まれてしまいそうだ、と思った。そうして私はただ静かに頷いた。

「貴方は本当に鈍い人だ。何故奥村先生、と呼ぶのをやめるよう言ったのか分かりますか?」
「え?」
「僕は他の塾生にはそんなこと言わない」

いつもより強い口調に心臓がドキリ、と脈打つ。それってもしかして。辿り着いたあるひとつの期待に、心臓が張り裂けそうになる。私は綺麗に笑う先生から目を逸らすことができなかった。だんだんと速くなる鼓動で耳が擽ったい。ああ、顔が熱い。

「雪男、と呼んで下さい。本当は貴方に、ずっとそう呼んで欲しかった」

そうして高圧的に微笑む彼に、ただ首を縦に振ることしかできなくて。私は小さく"雪男"と声に出して呼んでみた後、居た堪れなくなって更に小さく"くん"と付け足した。






アン・ロック





120527



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