アホリズム
□勿忘草
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ああ、さっきまで痛かった腹部ももう何も感じない。傷口から流れる血の気持ち悪い温かさもいつの間にかなくなっていた。意識が朦朧とする。
「おいななし、しっかりしろ!」
私を抱き上げる愛しい人、片思いの相手の声。ただそれだけがはっきり聞こえる。
『日向く…ん、あのね…』
日向くんの顔はもうぼんやりとしか見えない筈なのに。何故だか彼のぐしゃぐしゃの泣き顔だけがはっきり映る。感覚だってもうない筈なのに、私の頬にぽたぽた落ちてくる滴はすごく温かい。
「おい!しゃべんな!」
ごめんね、日向くん。私、分かるよ。私もうだめだから。だから言っておきたいの。
『私、なんで…この文、字にし…たと思、う?』
ああ、苦しい。うまくしゃべれない。もどかしい。
「んなもん後で聞くから!だからもうしゃべんな!」
日向くん。今言わないと"後で"はもうないよ。
『わた、し…忘れて欲しく…ない、の。好きなひ、とに…ヒュー…私の事』
あ、喉がヒューヒュー言ってる。なんか不思議だけど、苦しいのにあんまり苦しくない。そろそろ、なのかな。早く言わないと。
「おいななし!死ぬなよ!?約束しただろ!なあ!?」
ごめん、日向くん。約束は守れない。ごめんね。
せっかく制服汚してまで傷口押さえてくれたのに。血、ってなかなか落ちないのにね。本当にごめん。
あ、あといつも勉強教えてくれてありがとう。馬鹿でごめんね。
それから、日向くんといるとすごく楽しかったよ。
日向くんて不器用だけど、本当は優しくて、そういうとこすごく好きだった。
他にももっともっと言いたいことあったよ。全部伝えたいのに。もう喋れないよ。言葉にならないよ。息ができないよ。なんで、
ああ、やっぱ死にたくないな。割り切ったつもりだったけど。やっぱ全然だめだ。
もっと日向くんの側にいたかったよ。
でも、もう時間がないからせめてこれだけは。
『だから…ヒュー…ごめ…ねぇ』
悲しい悲しい辛い。
「もう、しゃべんなよぉぉっ」
辛い辛い悲しい。
ごめんね日向くん。
私本当は知ってたよ。日向くんが私を好きなこと。六道くんに聞いたの。
『辛い思、いさせ…ヒュー…けど…ごめん』
"刻"
私の存在を日向くんに刻み込んだ。日向くんの中の私の記憶は、これで消えない。何があっても。
自分勝手でごめんなさい。だって、日向くんに私のこと忘れてほしくなかった。大好きなの。他の女の子なんか好きにならないで。私だけを見て。
全部全部伝えたかったこと。伝えられなかったこと。ただの私の欲の塊。独占欲。日向くんを束縛するもの。悲しませるだけのもの。
どうか、愚かな私を許してください。
愛しい人が私を呼ぶ声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
勿忘草
(貴方の胸に深く刻む)
(どうか私を忘れないで、と)
(想いを込めて)
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