アホリズム
□living
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「う、ぅ…」
なんでなんで。思うのはそればかり。
「ぅ、ぁあっ」
どうして人は死ぬのですか?
「うわあぁぁあぁっ」
なんでなんで。どうして、
視界に映るのは生前からは想像できないぐらいに蒼白の幼馴染み。あの眩しいぐらいの笑顔なんか何処にもなくて。代わりにあるのは恐ろしい程の無表情。羨ましいぐらいに綺麗な歯並びをした口はきゅっと真一文字に結ばれていた。
「嘘、だぁっ」
一緒に楢鹿を卒業しようって言ったじゃん。小学校からの約束だったじゃん。
「なん、でぇっ!やだ、ぁ」
小さい頃からずっと一緒だった。兄弟みたいに育ってきた。生まれたのは私の方が早かったのに、まるでお兄ちゃんみたいな存在だった。すごくすごく、誰よりも大事な人だった。
「かえ…してぇ!返してよぉ」
まるで私を受け止めるかのように、真下に広がる血溜まりに落ちる涙が跳ねた。目の前に横たわるその人を今すぐにでも抱き締めてあげたいのに、それができなかった。恐かった。想像以上に冷たいであろうその人に触れることは、恐かった。私はただ立ち尽くすしかなかった。
「おい、そっち持て」
「えー、俺また頭かよ。ずりー、順番っつってたろ?俺も脚の方がいいよ」
「あー、はいはい。わぁったよ。んじゃ次二連チャンで俺頭の方持つから。ならいいだろ?」
「絶対だぞ?ったく、頭のが重いんだからよぉ」
騒がしい。若い声が飛び交う。いつの間にか目の前に来ていた政府の男達が、丁度あの人を持ち上げようとしていた。待っていやだだめ。
「待っ…」
「はい、ちょっとごめんねー」
どん、邪魔だと言わんばかりに押し退けられ、足元がふらつく。あの人を掴もうと伸ばした手は虚しく空を切った。そうしているうちに、男達はどんどん遠ざかった。
「うわぁ、ああぁぁあぁぁぁっ!」
瞬間、体の力が一気に抜けた。私は膝から崩れ落ちた。バシャン、と跳ね上がった血溜まりが制服を汚し、先程にも増して溢れ出した涙で視界がぼやけた。だけど、それもこれも。別にどうだってよかった。それを考える程の余裕は、最早私の中の何処にも有りはしないのだから。
「も、ゃだあっ」
もう、無理だ。何人友達が死のうが耐えてきたよ。でも、もうだめだ。たった今、私には心の拠り所がなくなってしまったから。あの人はそれだけ大きな存在だったのだ。
「ななしさん!?」
意識の外で微かに自分を呼ぶ声と、それから徐々に速くなる足音が聞こえた。
「美、濃…くん」
涙と涙の間に見えた、振り向いた先の人物はクラスメートの美濃くんだった。
「血!ケガして…るんじゃ、ないか」
私の前方へと回り込んだ美濃くんがしゃがみながら言った。彼がそう言ったのは、其処には人一人横たわっていたような跡が残っていたからだろうか。それともすぐ側に血濡れの、幼馴染みの名前が書かれた生徒手帳が落ちていたからだろうか。本当のことは私には分からない。尤も、そんなことはどうだっていい話なのだが。
「美濃、くんっ。わた、私っ」
「うん」
私の顔を覗き込む美濃くんと目があった、ような気がする。相変わらず視界はぼやけたままだ。
「も、だめだよぉ。あの人いな、いとっだめ、だよ。ぅっ、しに、たい。死にたいっ」
「死にたいとか言うな!」
突然荒げられた声。それからガバッとか、ガッとか。そんな効果音が付きそうなぐらいの衝撃だった。気付けば視界は真っ暗で。私は彼の腕の中にいた。
「死にたいなんて、言わないでよ」
絞り出されたような声。ゆっくり見上げた視線の先の彼はたぶん、今にも泣き出しそうな顔をしていたと思う。なんで美濃くんがそんな顔をするの?
「ななしさんは生きて」
「嫌、だ生きたく、ない」
「だめだよ。ななしさんは生きなきゃだめだ。」
強いけれどどこか優しい口調に胸がどうにかなりそうだ。優しくしないで。どうかお願いだから。優しくしないで。
「無理だよ。だって、辛いよ、悲しいっ、苦しい、よ」
「生きるって、そういうことだよ。辛くて悲しくて苦しい。でも、それでも。それを乗り越えて行かなきゃいけないんだよ」
ぼろぼろ、ぼろぼろ。涙はどんどん溢れるばかり。
「ななしさんはあいつの分まで生きなきゃ。あいつもそれを望んでる」
優しい声色で、諭すような口ぶりで。分かってた。本当は分かってた筈じゃないか。生きなきゃいけないこと。あの人もそれを望んでいるだろうということ。だって生前彼は言ったから。"さんは俺が死んでも守るよ"って。そんな人が私の死を望む筈がないことぐらい。分かってたんだよ。それなのに、私は。
「うわあぁぁあっ、あぁぁぁあっ」
私は声を上げて泣いた。どれぐらい泣いたかなんて覚えてないけれど、落ち着くまで泣き続けた。美濃くんは宥めるように、ただ静かに背中をさすってくれた。
「み、のくん」
「うん」
再び喋り始めた時にはすっかり喉はカラカラで。掠れた声しか出ないことが少しだけもどかしかった。それでも美濃くんは耳を傾けてくれたから。ガラガラになった声で私は続けた。
「美濃くん、私、私は。生きるよ」
「うん」
それから私は少し乱暴に涙を拭った。ひょっとしたらそれは、悲しみを紛らわすための足掻きだったのかもしれない。何にしろもう、それきり涙が出ることはなかった。
living
(クリアな視界に、雲ひとつない青空が眩しかった)
120201
いまいち中身がない。美濃くんに生きろと言わせたかっただけ←